[本] 訳ありイケメンがだどりつく境地 / 業平 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

いい家系に生まれ、
その家系の本業を継ぐことはなくても、
仕事と収入が安定してしていて、
仕事はできても没頭せず、
趣味・副業で才能を活かし、
イケメンだったら、
そりゃあ、女性にはモテますよね。うらやましいですよ。

上の条件に加え、女性に誠意を尽くすとはいえ、異性関係がにぎやかであってもモテるんでしょうか?

もちろん、同じ男性としてうらやましいとは思うのですが、持てすぎるのも大変だろうと同情するところもあります。
おかれている状況も、時には命がかかるほどハンパなく緊張感が漂います。

   ◆      ◆      ◆
 
一説には源氏物語の光源氏のモデルになったとの声もあがる実在の人物の生涯を描いた小説です。

 

 

2020年刊
お気にいりレベル★★★★☆

その主人公は在原業平 ありわらのなりひら です。
今から1200年ほどまえ平安時代初期の貴族で歌人です。

物語は業平15歳のときの成人式から始まります。
彼が平城天皇の孫たったにも関わらず、彼の父親阿保親王は業平と兄に在原という姓を与えた、つまり今でいえば本人の意志ではなくて皇族を離脱させました。

それは当時、天皇のバックで権力を持っていた藤原氏に、藤原氏とライバル関係にある家系の出の彼らが目をつけられて排除されないようにするための方策です。
親王とならない代わりに、業平は官人になります。それなりにきちんと勤めているようですが、出世に意欲を燃やすほどではありません。

だからというわけでもないでしょうが、女性問題でもめた祖父の血筋なのか、業平は魅力的な女性をみると、思いを告げなくてはいられなくなります。
いまより性におおらかな面がある時代とはいえ、世間でも評判になるほどです。
その思いを伝え合う手段のひとつが歌(和歌)です。後に、勅撰歌集「古今和歌集」1111首のなかに業平の歌が30首も入ります。
業平は歌のセンスもよかったので、当時ではなおさらカッコよかったのです。


   ◆      ◆      ◆

業平が思いを寄せる相手は、年上の美女であったり、皇后になる予定の女性であったり、神に仕える身の斎宮 さいぐう などさまざまです。中には言い寄るどころか近寄ることも憚れる女性もいたわけです。
業平の生涯も山あり谷ありにならざるをえません。

そうはいっても、この小説のみどころ(読みどころ)は業平の生き方に加え、彼の暮らしとともに浮き彫りになる平安の美意識です。
牛車から見える衣装の端、屏風に描かれる川の流れに浮かぶ紅葉、香り、筝や笛の音、霧・雨・陽などの自然などをとらえる視線や感情の機微です。
現代より映像も音も少なかった時代の人々は、貴族と庶民ではその向く先は違っていても、私たちより五感が研ぎ澄まされていたことが伝わってきます。


   ◆      ◆      ◆

 

これからは詩でなく歌の世にしなくてはならない

 

紆余曲折を経て業平がたどりついた晩年の境地は、彼がただの何弱者でなかったことを教えてくれます。
同じ歌人との会話や回想に、歌詠みとしての世の中や人生との向き合い方を見せます。

自分が詠んだ言葉が自分の気持ちを塗り替える面白さに魅入られていた若き日から、源融から聞いた「有り難き姿こそ、趣の要であります」の言葉を受けて、やがて業平のなかで「飽かず哀し」という言葉に結晶します。
この言葉がどんな意味合いかは、この小説を読んでいただくとして、若くして皇室離脱を余儀なくされた人生で選択を重ねてきたおける思いと無縁ではなさそうです。


   ◆      ◆      ◆

私がこの小説で最も惹かれた女性は、晩年の業平の面倒をみた下女の女性です。
彼女は業平に対しても、他の高貴な人にもものおじせず率直に心のうちを言葉にします。
他の登場人物の女性と趣を異にする人となりですが、業平の晩年の日々を意味あるものにしています。

この女性に惹かれたのは、やはり私は業平とは境遇が違うからなのか、それとも私も晩年にいるからなのか・・・・・・。



[end]


 

 

*****************************
作家別本の紹介の目次なら
日本人著者はこちら

海外の著者はこちら
i-ちひろの本棚(読書メーター)はここをクリック
*****************************