♪夏も近づく
これは「茶摘み」の出だしの歌詞です。
八十八夜は新茶の収穫に適した時季とされてきました。
立春から数えて88日め、今年なら立春が2月4日なので八十八夜は5月1日になります。
「ことしもたのんでおいたから」
四月の
いつの頃からだったか思い出せませんが、サマンサの淹れるお茶がとても香り高く品のある苦みのなかに甘みが豊かになりました。
「思いきってお湯を冷ましているから」
「思いきって」の一言で、おいしく淹れるために湯を冷ますのが彼女にとって小さな冒険だったことがわかります。
おいしい茶葉をいただいたのをきっかけとした、この小さな冒険は功を奏しました。
それから、お茶を取りよせるようになりました。佐賀県
◆ ◆ ◆
幕末から明治の初期に、嬉野のお茶で名を挙げた、長崎の油問屋の女将の一代記が実話にもとづき描かれた小説があります。
江戸時代、世界と日本の接点であった時代の先端長崎で商いをしていた女将の目には、時代の変化はどのように映ったのでしょう。
老舗油商大浦屋の主人だった祖父はお
地元産の油の安値に押され気味になっても、この時代には珍しい女主人お希似の代になっても、番頭の弥右衛門が目を光らせて昔ながらの堅い商いを続けてきました。
往年の勢いをとりもどそうと、
舞台は幕末、浦賀沖にはペリーの黒船が現れて幕府に開国を迫っています。
そんな折に、お希似は料理屋の女将からオランダ人ヲルトの帰国の土産をそろえてほしいとの要望をうけました。
新たな交易のきっかけを探していたお希似には願ってもない機会です。
その土産物リストの中に茶葉がありました。
依頼人ヲルトから欧州で日本の茶が人気と聞き、内緒で大浦屋では扱ったこともない日本茶の商いのきっかけつくりを彼に託します。
◆ ◆ ◆
火事で店も家財も焼け、父親は外に女性を作り家を出、女手ではとあてがわれた夫はろくでなし。跡を継いだお希似の船出は多難でした。
ちょっとした変化も嫌う同業者や番頭。
跡目を継がせるならお希似、と考えていた祖父に小さな時分から目をかけられてきた彼女は、何かを変えねばならないと考えていました。
道理を詰めた上に祖父の教えどおり勘を働かせ、リスクをとり商機をきりひらきはじめます。
待ってもなかなか訪れない商機、ようやく訪れた商機をモノにするための苦難、慣れない外国人との取引習慣 etc.
巷間の噂話ばかりでなく、才谷梅太郎(坂本竜馬)など海援隊の前進ともいえる亀山車中の連中や、若かりし頃の大隈重信らが大浦屋にも出入りし、いやでも不穏ともいえる世の中の動きを感じます。
次々と訪れる苦難を好むかのようにお希似はリスクの中に身を置いていきます。
お希似の一代記の時の流れは、日本の動乱の動きとともに、テンポよく足並みをそろえて進みます。
◆ ◆ ◆
作者朝井まかての持前の生き生きとした人物設定と描写にくわえ、読んでいて負担にならない短いセリフで使われる長崎弁が、臨場感を増しています。
商人と生産者、官僚化した武士の組織と意識、外国人と承認、新時代でチャンスをつかもうとあがく若者たち・・・・・・。
お希以の中には新たな道を生む息吹に反応せずにはいられない遺伝子があるかのようです。
こうした目まぐるしい動きが、自然に小説に織り込まれていて、読みすすむうちに読み手の私にもムリなく時代背景を踏まえてストーリを追っていけました。
主人公が女性であることを、物語に組み込まれた色恋で意識する場面はほとんどなく、むしろ、時代を守ろうとする人々、新たに変化をもたらそうとする人々双方から発せられる差別意識の対象となる場面から女性を感じました。
お希以のそうした動的な部分が目立つなかで、祖父、番頭弥右衛門、商いの右腕だった友助といった彼女が頼ってきた人との別れと思い起こしには静的な人間としての深みを感じます。
当時の常識的な人たちからの目には、扱いに困る非常識な女性に映ったことでしょう。
◆ ◆ ◆
避けられない変化に馴染んでいく柔らかさと、大切なことを守り続ける頑なまでの意識、そして道理だけではたどりつけない運命を左右する選択。
いま、きょうとおなじ明日がくることを無意識に信じられていた日々は、なんと穏やか暮らしなだったのか、と思い知らされていまず。
何を変え、何を守るか、棚卸しする機会です。
[end]
*****************************
作家別本の紹介の目次なら
日本人著者はこちら
海外の著者はこちら
i-ちひろの本棚(読書メーター)はここをクリック
*****************************