死期を意識すると、自分の一生を形にして遺したいと考えるのでしょうか?
この作家の作品に登場する人物には、自分の人生をたどろうとする気持ちを強く感じます。
この作品では、アダム・ウォーカーという男の一生を趣向を凝らして描いています。
同時に、実際に目にしていないことについて、どれを真実として受け止めるのか、登場人物とともに読者に問います。
◆ ◆ ◆
インヴィジブル / ポール・オースター (新潮社)
原書2009年刊、2018年刊
お気にいりレベル★★★☆☆ |
ユダヤ人の両親と姉の4人家族で育ったアダム・ウォーカーは、1967年文学で身を立てようとN.Y.のコロンビア大学に学んでいました。
その年、パーティーで退屈していたアダムに、恋人と思われる女性マルゴと二人でいた男性が話しかけてきました。
名はルドルフ・ボルン、36歳。資金はボルンが相続した遺産から出すので、雑誌を企画して創刊しないかとアダムに話をもちかけてきました。
何やら怪しげではありますが、アダムに失うものはありません。とりあえず企画をまとめることにしました。
ボルンとの出会いの後、ボルンが起こす事件をきっかに、アダムの人生は舞台をN.Y.からパリと舞台を移したばかりでなく、狂いが生じます。
この小説は、そんなアダムの人生を4章にわたり、それぞれ異なる視点からたどろうと試みます。
I章は、1967年、「私」アダム・ウォーカーの視点から。
II章は、2007年、アダムの学生時代の知人「僕」ジムを語り手に、アダムのN.Y.の学生時代を描いた自伝的小説の原稿を軸に。
III章では、三人称で、アダムのパリ時代を描いた原稿を軸に。
IV章は、アダムがパリ時代に知り合った、ボルンの婚約者の娘セシル・ジュアンの成人してからの日記という形で。
趣向を凝らした各章の語りから、アダムの人生を浮き彫りにしようと試みます。
その試みの中は、彼が抱いていた屈託の起点となるボルトが起こしたとする事件の真相はどうだったのか、アダム、ジム、マルゴ、セシル、ボルンがそれぞれの見方をします。
◆ ◆ ◆
生きてきた軌跡をふりかえれば、岐路といえるできごとがあるでしょう。
岐路での行動=選択は、幸福につながっていたり、後悔の種になっていたり、とさまざまな結果につながっています。
岐路で起きていた事実(この小説では恐喝犯の死)と、それにともなう人(ボルンとアダム)の行動、そして見えていない部分(アダムにとってはボルンの行動)の推測、その後の(アダムの)人生への影響の認識から成り立っています。
この小説では、人の屈託とその源になっている事実がいかに限られているものか、その事実をもとにした理解が推測にすぎない曖昧さが残っているか考えさせられました。
その曖昧さは、理解の誤りの可能性を意味します。
ましてや、人生をふりかえっているとすれば、そのできごとから長い時間を経ていれば、曖昧さがつけいる余地も多いでしょう。
◆ ◆ ◆
読み手によって、すっきりとしない結末にもどかしさを感じる向きもあるかもしれません。
アダム本人だけがこだわる事実と屈託の間を、さまざまな人の視点からつなごうとする試みは、小説と自分自身ふりかえりの間を行き来する楽しみにつながる上等の仕掛けでした。
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