そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。


大学の教養課程の生物学の教科書全3巻のうちの第1巻です。
文系の私には荷の重い内容ですが、読んでよかったと思っています。
理解できなかったた部分が多いながらも収穫は多く、
細胞からロマンを感じとれるとは思わぬ発見でした。

読みやすさという点でも、図表がふんだんに使われ、索引もある上に
各章が次の構成で統一されているので
読んだことを頭の中で整理したり、後戻りして確認しやすく工夫されています。極論すれば、テーマとキーコンセプト、学習の要点の箇条書き部分だけを読んでも、内容を知った気になれるかもしれません。でも奨めません。ロマンも得られません。

 章ごとのテーマ
   ↓
 キーコンセプト(箇条書き)
   ↓
 学習の要点(箇条書き)
   ↓
 説明(記述と図解)
   ↓
 生命の研究(記述と図解)
   ↓
 まとめ(箇条書き)


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カラー図解アメリカ版 新大学生物学の教科書①細胞生物学 / D・サダヴァ著、石崎泰樹 中村千春監訳・翻訳、小松佳代子翻訳(講談社ブルーバックス)
(原題:LIFE:The Science of Biology 11th edition by Craig Heller,Gordon H.Orians,David Sadava,William K.Purves, 2017)
2017年原書刊、2021和訳刊
お気に入りレベル★★★★☆

目次
第1章 生命を学ぶ
第2章 生命を作る低分子とその化学
第3章 タンパク質、糖質、脂質
第4章 核酸と生命の起源
第5章 細胞:生命の機能単位
第6章 細胞膜
第7章 細胞の情報伝達と多細胞性

第2章で元素記号の周期表がでてきたときには、「生物学なのになぜ?」と疑問がわきました。

生命の最大の特徴はその動的な特性にある。万物は、特に化学的レベルでは、絶えず変遷してい る。(「第2章 生命を作る低分子とその化学」「2.3 原子は化学反応で結合相手を変える」
全ての物質は原子でできている。・・・・・・元素は1種類の原子しか含まない純粋な物質である。(「第2章 生命を作る低分子とその化学」「2.1 原子の構造が物質の特性を説明する」

同じ章の「生命を研究する」でのコーナーで「同位体分析でビッグマックの牛肉の出所を突き止める」なんて身近な題材による実験とその結果を示されると、
「まぁ、周期表を持ち出されても仕方がない」と諦めがつきました。


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そもそも、文系の学生だった私が、生物学の基礎の本を手にとろうと思ったのは、こんな疑問のひとつでも理解しておきたかったからです。
SF小説ででてきた「地球外生命体」って何?
親子で(個体をまたいで)生物的記憶が引き継がれるのはどんなメカニズムで?
なぜ生物は水がないと生きられないのか?
地球最初の生命はいつどのような環境でどうやって生まれたのか?
人工的に新たな生命を誕生させられないのはなぜか?

この本ですべての答えを得たわけではありませんが、手がかりやとっかかりを得ました。


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さらにこの本で得られたのは、ごく微細なものたちが膨大な時間をかけて、生物というシステムを築き上げたというロマンでした。

微細な細胞たちが、
膨大な時間をかけて機能を身につけてきた
個々の化学反応を積み重ねて
適材適所に配置され、
生物というシステムを動かしています。

地球誕生から最初の細胞が現れるまで5~10億年かかっています。
25億年前、ある種の原核細胞が開始した光合成によって、大気の酸素濃度が上昇し、複雑な生物が生まれ進化しました。いまの酸素は細胞たちが20億年以上かけて発し蓄えられたものです。

目を私たちの身体に転じれば、
もともとの細胞の溶液の中の物質の移動速度では、1mを超す拡散には数年かかります。なのに、
それなのに、暑くなればのどがかわき、水を飲めば30分ほどで身体のすみずみに行きわたります。
人間の身体の中で、暑いと察知し、それを関連する細胞に伝え、水を探して飲む行動をとらせ。体内で必要としている部位に迅速に水を移動させる、といったメカニズムを築くためにどれだけの年数を要したのでしょう。

小さきものたちの営みの積み重ねと連携が愛しく感じられます。



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近所のJ君がふらりと軽トラできて、ひょいと荷台から大根を一本片手で掲げました。

「うわぁ、りっぱな大根だねぇ」

太く、真っ直ぐ伸び、青々と葉をたくわえた青首の大根を受取った瞬間、その重みで私の両手はぐんと沈みました。
J君とやりとりする私の声がいつもより大きかったのか、妻のサマンサも家から出てきました。

「ねぇ、これもいる?」
再び軽トラの荷台のカバーの下からJ君が取り出したのは、こんもりと深い緑が盛り上がったブロッコリー。
私たち夫婦が毎朝食べる好物です。

お礼にうちにあった和菓子をサマンサが渡すと、「ありがとう、甘いものは好きなんだ」とひと言残してJ君は野菜を卸しに走り去りました。


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どんな調理をしようかと、サマンサはあれこれうれしそうに悩んでいましたが、
その晩は、米のとぎ汁で下茹でしたふろふき大根。大根が主役のひと品です。ちょうどあった柚子が香る味噌だれで、ぬる燗のおともに。
面取りされた輪切りの大根に箸がすっと通ります。ひと口食べると、出汁と柚子の香りと自然な甘味をのこし、溶けるようになくなりました。

それから連日、おでん、鶏手羽中と甘辛煮、おろしそば、味噌汁といった具合に、サマンサの手で大根は料理の主役のあじをとりこみながら引き立て役にまわり登場しつづけました。葉は刻んでかつお節・白ごま・鷹の爪と炒って醤油風味の箸休めに。
私もきのうの朝食に、イチョウ切の大根をたっぷりのワカメ、シメジ、ショウガ・長ネギとともに塩仕立てのスープにしました。


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J君のつくる野菜は、見栄えも見事で野菜の風味もしっかりあります。

妻のサマンサはよくJ君の畑のわきを通ります。
先月も私とこんなやりとりがありました。 「J君のとこの、葉っぱの大きいのなに?」
「里芋」
「やっぱり」
里芋も私たちの好物です。

きっと畑の脇を歩きながら、もの欲しそうな目つきをしていたにちがいありません。



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こんな歌詞から始まる楽曲があります。

深夜東京の6畳半夢をみてた(*1)

*1:「春を告げる」(yama、作詞/作曲:くじら、2020)より引用

この歌詞から語り手に、将来の自分の姿を胸に上京した若者を思い浮かべます。
「深夜」一人で「夢をみてた」と過去形にして、
夢を手放した今の自分が過去の自分を回想する冷静さと、
諦めると決断したある種の潔い無力感が漂います。

この歌詞の語り手に限らず、
東京のアパート暮らしという舞台は、実話にしろフィクションにしろ、
老若男女がをここから始めた or ここに行きついた経緯を背にした、さまざまなドラマを生み出します。


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文字どおり東京のアパートを舞台にした21篇を収めた短篇集です。

 

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#東京アパート / 吉田篤弘(角川春樹事務所)
2025年刊
お気にいりレベル★★★★☆

柔らかな言葉で紡がれた、どこか寓話のような日常短篇は、切なかったり、ほっと温まったり、ポンと背中を押してみたくなったり、個々にちがった読後感をもたせてくれました。

舞台になるアパートも、巨大アパートから取り壊されるぼろアパートまで、
これから住もうという部屋もあれば、知人がかつて住んでいた部屋もあり様々です。

各篇の扉には、タイトルとカット。カットにはその物語にちなんだこんなものが描かれています。
皿にのった真っ黒なケーキ、

フライパン、

パン屋の紙袋、

腰を下ろした男性と脇に小さな点のように描かれた生物、

2本の哺乳瓶

シュー・キーパー、

ギター用ブースター"HOT CAKE"、

ブラインドの前に立つ女性 etc.

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私のお気に入りの一篇は『ストレイ・クリケット』、商店街のはずれにある食堂で働く青年と、部屋に帰ると聞こえてくる虫の声の話です。

自分はいま、「一人きり」というものの、いちばん深いところにいるのだと感じていた。
(『ストレイ・クリケット』より)

そんな青年が「一人きり」で「前日と見分けがつかない繰り返し」の日々に対して、強がらずに肯定的なところが気にいっています。

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これらの舞台設定では、「部屋にひとり」という出発点というか、定位置のようなものがあります。そこから他の誰かに、あるいは何かにつながりを持とうするか否か、その良し悪しは別として進む道は異なります。

〈おかしいよ、わたし〉
(「うしろまえ」より)

うまくいっていない日々で、
つかもうとしていたものがわからず、いらだち、
一歩も踏み出せていない自分にほんとうは気づいている様子です。

こんな風に、感じているのに言葉にしきれていない気持ちや考えを、随所でだれにでもわかる言葉で表してくれます。
「あ、これこれ」と自分に当てはまる表現にめぐりあうかもしれません。



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60代の終盤になり、ここ2年「坂をどうくだるか」ということに夫婦で知恵を絞ってきました。

会社勤めをしていたときには、年末には当年度の予測の解像度を上げるとともに、翌年度の計画を検討していました。そこに描かれる計画・実績のグラフは単位が数量であれ金額であれ、いつも右上がりの上り坂ばかり。

その後60代前半に会社勤めを辞め、暮らしを予測してみると、経済面では所得は下がりインフレで支出は増え経常収支はこのままなら下り坂。体力・健康面も成り行きまかせなら下り坂。
財布と健康がしぼむと気力まで萎えて右肩下がりになりかねません。

そのまま放置したら、次々に直面する難題を都度長い時間をかけて悩み、くよくよして生きなければなりません。


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これまで住まい、ファイナンス、健康チェック体制、墓、といったことにそれなりに目処をたて、前もって備えるだけ備えて、どうせするに違いない悩んだり・くよくよする時間を短縮し、墜落を回避しソフトランディングしようと目論んでいます。

考えたくない悪い事態であっても、備えを相談・考える過程で、見たくない将来を何度も頭に描くうちに免疫のような耐性が生まれます。
それでも、大局すればこの先待っているのは下り坂です。


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会社勤めを辞めて、腕時計を外し、部屋にも時計を置かなくなったら、

私の時間から目盛りが消えました。

時間は目盛りが亡くなると長くなるようです。

財布や健康にあるていど頼る前提になるものの、
本を読んだり、音楽を聴いたり、楽器を奏したり、
温泉に浸かりに小さな旅をしたり、
ふと美味しいもの、安らぐ光景目当てに外出をしたり、
旧友と酌み交わしたり、ママ共と時間を忘れてしゃべったり
夫婦でその日の出来事や昔ばなしに花を咲かせたり・・・・
時間はやり方次第で増やすことができます。

暮らしのなかに楽しむ要素を増やして気分をあげています。
いずれ健康がそれらを許さない状況になれば、そこからは下り坂。
それでも、できるだけ楽しんでおけば、悔いはなくなるかもしれません。


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生活のあらゆる面でいずれは下り坂になるにしても、ひとつだけ
この先どんな状況になっても、これからも少しずつ静かに密度を高めていけそうなことがあります。

「それでも、このひとと一緒に生きてよかった」

ふとした折に、夫婦がそれぞれ、つらい場面でもそう思える時間ならまだ積み上げられます。

意識して、あるいは知らず知らず。
ふとした折もわからなくなってしまう日も来るかもしれませんが、それでも。



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40年以上前に出されたこの連作短篇集が、絶版だった文庫が近年新装して発売されたところ、これまでに累計100万部に迫ろうかという勢いだとか。なぜそんなに売れたのか探ろうと、再々読しました。

本の紹介は10年前に書いた拙ブログ『作者不詳~「青い壺」』をご覧ください。


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青い壺 / 有吉佐和子(文春文庫)
1977年刊、1980年文庫化、2011年新装版文庫化
お気にいりレベル★★★☆☆

父を継いだ陶芸家が、自分でもこれまでで一番の出来映えと思える筒形の青磁を焼き上げました。
妻の密かな企てにより、作者の意図と異なる形で作者の手もとを離れます。 それから転々とする先の人たちのエピソードを13の短篇にしています。

あらためて読みかえしてみて、なるほどこれなら人気が出るわけだと納得しました。
相続の揉めごと、上流社会からの没落、夫や義母・義父といった面倒な家族のグチ、他人の善意の陰口強者のわがまま・・・・ etc.

当事者になって巻き込まれるのはご免でも、
もし他人事としていられる距離で、こんなネタをもとにした話が起きていたら、
聞きもらすまいと聞き耳をたて、横目でその様子をうかがい、
そのあと誰かに話したくなります

他の人の格差や上位の人の失敗や思い上がりは、現代でもメディアで盛んに取り上げる題材です。
作者をそれらを、揶揄する対象には幾らか上から目線を匂わせた文章で描きます。

小説の登場人物たちに、太平洋戦争を経験しているため、戦前に羽振りがよかった上流が空襲や戦後の施策で財産を失った人たちも多かった舞台です。
戦前と戦後では、同じ昭和でも価値観がひっくり返えされ、世代間ギャップも極端です。

さらに、全13話で200ページ足らずという造りも人気に与したと思います。一話を短時間に読み切ることができます。電車のなかでも、昼休みなどのちょっと空いた時間にでも、ページをめくろうかという気安さが生まれます。


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それでも、そんな面ばかりでなく、ほっと心が和んだり、心にじんとくる次のようなエピソードもありました。

戦前の海外での贅沢な暮らしを、戦時中の不自由な生活の下で一夜だけ再現しようと試みる外務官僚
母を見送った老修道女の心のうち
そして何よりも、この物語を動かす青い壺を手放させる、陶芸家の妻の隠された思い
夫婦で銀座でバーを営む妻の生きると決めたたくましさ
義母の死後、思わぬ形で介護に苦労した妻への慰労と妻の戸惑い



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