外科手術は固形癌にとって重要な治療法である。

一方で、手術侵襲のため代謝性・神経内分泌性の変化が起こり、細胞性免疫機構が抑制される。しかも、手術による腫瘍切除、血管処理は、腫瘍細胞の播種や循環への遊離をもたらす可能性もある。
結果として、手術は固形癌の重要な治療法ではあるものの、転移・再発のリスクにもなる。

麻酔がこの転移・再発のメカニズムを助長するかもしれない!?
という報告もある。


昔取り上げたのでは、

(12) 乳癌手術 傍脊椎神経ブロックの効果

Can anesthetic technique for primary breast cancer surgery affect recurrence or metastasis?
Anesthesiology. 2006 Oct;105(4):660-4.


オピオイドが腫瘍細胞の増殖や血管新生に関与しているようなので、
周術期にオピオイドの使用を制限(代替手段:局所麻酔)するだけで、
腫瘍の転移・再発のリスクが減少する可能性が指摘されていた。

同様の可能性が全身麻酔薬でもあるかもしれないという。

悪者は吸入麻酔薬だ。


Long-term Survival for Patients Undergoing Volatile versus IV Anesthesia for Cancer Surgery: A Retrospective Analysis.
Anesthesiology. 2016 Jan;124(1):69-79.


retrospectiveな調査。
3年間で11395症例を対象とした。
麻酔方法の選択は麻酔科医に一任。
いろいろ除外して、
吸入麻酔群(3316症例)vs TIVA群(3714症例)

1年生存率:87.9%(86.7-89.1) vs 94.1%(90.6-91.8)
follow up中央値:2.91年(2.85-2.96) vs 2.51年(2.62-2.69)
死亡率:24%(796/3316) vs 13.6%(504/3714)
NNT:9.6

患者背景に差があるので。
propensity matchingして解析。

多変量解析後のガス麻酔(INHA)使用のhazard比:1.46(1.31-1.64)

吸入麻酔が癌細胞の転移・再発に影響を与えるのは次の3点による。

1. natural killer細胞の機能低下
2. HIF-1のup-regulation
3. IGFのup-regulation

吸入麻酔はPONVの点でも不利である。

Consensus guidelines for the management of postoperative nausea and vomiting.
Anesth Analg. 2014 Jan;118(1):85-113.


そのうえ、腫瘍の転移・再発のリスクもあがるとなれば、
ますます吸入麻酔は使いにくくなってくるなあ。



ビジュアル麻酔の手引
ビジュアル麻酔の手引
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メディカルサイエンスインターナショナル(2015-10-06)
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1施設に1冊、常備しておくべき本かなと思います。


1. natural killer細胞の機能低下

natural killer細胞の機能低下により、
周術期に循環中に遊離した腫瘍細胞が生き残る可能性がある。

2. HIF-1のup-regulation

HIFs ; hypoxia inducible factors

低酸素誘導性因子
生化学 第85巻 第3号,pp. 187―195,2013


低酸素ストレス に対する細胞の適応応答で中心的な役割を果たす転写因子で、血管新生や細胞増殖に関与する。癌細胞も例外ではなく、この因子の影響を受ける。HIFによるグルコースの取り込み増加、VEGF発現増加や、酸化還元ストレスからの保護を通して、腫瘍細胞の増殖、血管新生、転移に寄与する。
実際にHIFが高いレベルで発現していると、予後が悪いという臨床データもある。

HIF1A overexpression is associated with poor prognosis in a cohort of 731 colorectal cancers.
Am J Pathol. 2010 May;176(5):2292-301.


一方、propofolはHIF-1αの活性化を抑制という。

3. IGFのup-regulation

IGF ; insulin-like growth factor

IGFは細胞の血管新生や増殖に関わるだけでなく、様々な誘因によるアポトーシスを抑制する。
腫瘍細胞も影響を受けるため、IGFのup-regulationにより、腫瘍の転移・再発のリスクが上がる可能性が考えられるという。

Role of the insulin-like growth factor family in cancer development and progression.
J Natl Cancer Inst. 2000 Sep 20;92(18):1472-89.


腫瘍細胞におけるIGF-Ⅰレセプターの役割と婦人科癌分子標的治療への応用
岡山医学会雑誌 第117巻 May 2005,pp.27-33




無痛分娩の基礎と臨床


新しくなりました。



それにしても、
今回のstudyでは解析前の両群の症例数が、5377症例 vs 5351症例とほぼ綺麗に分かれていた。
吸入麻酔薬か、静脈麻酔薬か、どちらを選ぶかは担当麻酔科医に一任されていたとなっているのにこんなに綺麗に分かれたことにはやや違和感を感じる。
しかも、イギリスでの全身麻酔はほとんど吸入麻酔で行われているらしいのに・・・。