2020年1月27日夜

 

1月5日の説教より

 

ハガイ書

「主はあなたがたを力づけてくださる」

 

1:5-7「あなたがたの歩みをよく考えよ」

1:9「あなたがたがそれぞれ、自分の家のために走り回っていたからだ」

人はいつの間にか自分のことに忙しくなり、自分の霊的な構築をおろそかにしてきた。

その霊的な構築に、なかなかとりかかれない。

 

それは恐れているから。勇気がないから。→そしてそこには敗北感だけが残る。

以前これより素晴らしいものを持っていたのに、いまはこれだけ(の小さな神殿)しかないという敗北感。

 

神殿のことを後回しにして、自分のことを優先してきた。

それはすべて自分のせいだ。敗北感は自分が作り出したもの。

 

ポイント①

今日からのことを考えよ

 

あなたがたはこの基礎を作ることができたのだから、敗北感にひたっているのではなく、神殿を建てよ。

この家のこれからのちの栄光は、先のものに勝る

神は建物のサイズなどにこだわってはいない。

神が期待しているのは人間の能力ではなく、神を信じる心だ。

 

ポイント②

様々な恐れ、敗北感が私たちには起こる。

→だが「強くあれ」。そして仕事に取りかかれ。

私があなたとともにいるからだ

その神のことを忘れて日々のことに追われているのが私たちの現実。

しかしそんな私たちを神は見捨てておられない。

そしてそのことを信じる信仰が試されている

 

ポイント③

だから立ち上がり、仕事を始めよ。

敗北感にとらわれている場合ではない。そんな必要はないのだ。

神は言う。「私はあなたとともにいるではないか

 

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家を買った、T教会に一生通える家を。

妻が頭金を出した。良く貯めてたものだと感心する。

そして俺がローンを80歳まで払う。

不安だが、払えなかったら、妻の貯金でなんとかなるらしい。

感謝だ。

 

私の命の恩人である牧師夫妻がいる教会に

歩いて通えるところにこだわって、家を買った。

とても嬉しい。

10年以上、日本のお金を使わないようにして、

生活費や旅費をアメリカの私の貯金からやりくりしてためたお金。

役に立ってよかった!

 

 

2019年12月30日夜

 

12月29日の説教より

 

「すべてが恵み」

 

ヨハネ6:5-13

有名な「5000人の給食」の話。

この5000人の給食のストーリーは、4つの福音書に出てくる。

 

ポイント1

イエスがなさった御業、しるし

 

ダビデの言葉「主がしてくださったことを、なに一つ忘れるな」。だが現実的には無理。

これは、自分の頭・脳は忘れてしまう、ということ。

だが魂は忘れないでほしい。

 

ポイント2

余ったパン切れ

 

弟子たちはイエスに言われ、余ったパン切れをかごに集めると、それは12ものかごにいっぱいになった。

「ひとつもムダにならないように、余ったパン切れを集めなさい」

余ったパン切れはこの言葉によりムダにならなくなった。

この1年、神様から受けた恵みに対する感謝のリストがあるとしたら、そこにはあげられなかったようなちっぽけな恵み。それらはひとつもムダにならない、

 

恵みとは程遠いと感じられるさまざまな出来事は、ひとつもムダにはならない。

私たちが想像もできないような恵みに変わる。

想像できないような恵みがやってくる。

私たちはいつも何かのために用いられている。

それが何のためなのかはわからない。

でも神様が与えてくださった恵みは、必ず何かの役に立つ。

神さまはそれを「完成させて」くださる。

私たちに与えられたパンの切れ端は

いつかどこかで誰かの希望に変わるのかもしれない。

 

 

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F牧師夫妻は命の恩人。あのとき脳出血に気づかずに家に帰っていたら、手遅れで半身不随になっていたかもしれないと思うと、ぞっとする。

 

家を買うことに決めた。アパートを借りていても月14万、もう5万払えば家が変える。

しかも年末に40万税金還付が受けられるという。

T教会に歩いて通える家を探した。

脳出血の後遺症で、もう仕事復帰は無理だと思う。

 

私の名義で買おうとしたが、日本で収入がないため、ローンが組めないと。

A雄名義でローンを借りようとしたが、定年間際で収入の保証がない、、

私の銀行残高を見せて、ローンが下りた。

 

家を買うのはいろんな書類を千葉に取りにいったり、大変だった。

脳出血のおかげで、3か月も休みがとれたからこそできた。

「俺の問題のせいでE子が脳出血を起こした、本当にごめん。俺一人の力では頭金を貯めることも、ローンも組めなかった、これはE子の家だから。」とA雄が言ってくれた。

 

私の家、うれしい、、。ありがとう。

 

10月30日 夕方祈祷会にいったときのこと。

集会後に牧師夫妻に予約を入れ、A雄さんの問題を相談していた。

泣きながら話しているときに、急に頭に雲がかかったようになり

言いたいことがでてこなくなった。

私おかしいですよねって20回くらい言っていた。

 

すると牧師夫人が「Eさん、顔が半分動いていない」って。

(鏡の前に連れていって)「ねっ、ほら」

鏡の中の自分の顔を見てびっくり。

 

すぐF牧師の車で病院のERへ。

CTをとって、脳出血と診断。

私が脳出血??

頭の止血を促す点滴をしICUに入れられても、

まだ信じられない。

ERで、血圧は上が200近かった。

余程のストレスでしたね、と。

 

ICUからは翌日に出て合計8日間入院していた

とても退屈で長い一週間だった。

 

後遺症が残った、

言語障害:言葉がでてこない。

記憶障害・思考障害

字がかけない

typeでできない

リンゴの皮がむけない

 

11月8日退院してから毎日よく歩いた。リハビリと思って、

毎日2-3万歩くらい Mこすぎまで、NTとM口を何回も歩いた

 

ヨガの記録

11月16日からヨガ教室に通った。12月いっぱいで、2万円弱。1日2つクラスをとれる

  一週目;4日目から少し楽になる、形をとるのに精いっぱい呼吸はできない

11月24日1週間目終わり 顔が少し小さくなり腰回りがすっきりしてきた。 46.7㎏

     体の硬さはかわならい、1日2回はきついけど、行けばやるしかない

12月1日 2週間:立つと少しウェストができた。毎日2回行く、

     嫌だなと思っても行けば楽しくなってきた 46.3kg 

     2週間の終わりに始めて一日休む;疲れたから

12月8日  3週間:正座で少しできた。下腹部と脇腹むくみ 46.1㎏ 

     ダウンドックがきつくなくなってきた。日曜日不動産で休む

12月15日 4週間:立つ、正座で。あぐらでは微妙。46.2kg 

      胃の前が平らになり縦幅が小さくなってきた。休みなし

12月22日 5週間

12月29日 6週間 とにかくよく通った。毎日2つクラスをとり、1か月半通い詰めた。

         健康になったような感じ。

 


 

・とにかくチャラい雰囲気を醸し出している

 

チャラいと妻に言われる。自分ではそんなつもりはなかったが、言われてみればそうかと思うこともある。服装やヘアスタイルといった外見は、チャラいというかある程度流行のものを好む。あんまりダサい恰好はしたくないと思う。それがチャラいということだろう。外見にこだわること自体がチャラいのだ。

あとは言動。言うことがチャラい。浅はかで深みがないといいうことだ。ちゃんと考えずに、思い付きで相手のことなども思いやらずに適当なことを言う。そういうとウケると思って、人を笑わせたり注目を集めそうなことを言う。要は「あの人おもしろいね」「すごいね」と言われたいのだ。自己ちゅうなのだ。

そして態度。笑い方とかしぐさ(ジェスチャー?)とか。これもウケようと思ってやっていると思う。

どれも人の注目を集めようとして、自分をすごいと思わせたくてやっていることだ。そしてそれは、とくに女性に対して顕著だ。女の気を引こうと自分を飾り、実際以上に一生懸命になっている。それがチャラいということだ。 

とにかくマメ(女性に対して)、会話の内容が薄い、などはドンピシャだ。

 

 

セックスが自己満

 

これもズバリだと思った。自分のセックスは自分の欲望を満たすためなので、相手のことはどうでもいい。相手がどう思おうが、自分の快楽が優先。だから相手が嫌がることも平気で強要する。かわいい下着を着用させたり、陰毛をそらせたり、縛り上げたり、いろんな器具と使い行為を写真に撮ったり。すべて自分の欲望であって、相手の気持ちなど考えていない。それを相手が嫌がれば、すねてみせたり、うまく言いくるめたりして、なんとか自分の思い通りに操ろうとする。自己中心とサイコパスが炸裂する、欲望のかたまりだ。

性的欲求は人間が持つ根本的な欲求のひとつだ。だからそこに欲望があらわになる。社会生活のうえでは隠された部分なので、自分の横暴ぶりが顕著に表れる。人には知られない秘め事だからこそ、自分の心の中の汚さが現れる。それを受けとめるほうは大変だし、変態だと言われ拒否されてもしょうがない。なぜなら変態だからだ、自分は。

そしてそこに愛はない。セックスは愛があってするもの。だが自分のセックスは快楽を満たすだけのもので、相手は誰でもいい。極論で言えばそういうことだろう。

 

自己満セックスとは、と調べてみると、自分勝手に始めて自分だけ気持ちよくなって果てる、みたいなことで、ちょっと自分が考えていたものとは「自己満」の種類が違った。というか変態度が違った。こんな変態な自己満男は、そうはいないのだろう。

そんななかひとつのブログに気になることが書いてあった。

 

「男性はね、征服したいっていう要望があるのですね

ですから、そういう自己中心的な行動を起こしがちです。セックスのときは、男性の本能がみえる部分ですから、とくにそうするのかもしれませんね」

 

自分の自己満は、征服欲でもあるのかもしれない。相手を自分の言いなりにして、それで自分を満足させる。相手より自分が優位であることをいつも確認していたい。相手を奴隷のように思って自己の尊厳を保とうとする。なるほどそうだ。それが自己中心なセックスだ。相手を屈服させることで、満足感を得る。。

 

「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。」(エレミヤ書313

「あなたの水ためから、水を飲め。豊かな水をあなたの井戸から…あなたの若い時の妻と喜び楽しめ…その乳房がいつもあなたを酔わせ、いつも彼女の愛に夢中になれ。」(箴言515−19

 

当然だが聖書のどこにも変態セックスのことなど書いてない。誠意をもって、相手を思いやり、愛し合って交わりなさい。一人の人を愛し続け、その愛だけをまっとうしなさい。聖書が教える愛は真の愛であって、けっして相手を無視したものではない。相手を征服するものでもなく、自分を誇るものではない。ましてや変態セックスなどではないのだ。

 

2018105日夜

 

6).口から出るのはウソばかり(嘘がうまい)

 

ウソがうまい。ウソばかりついている。しかも自分の意志とは別に。ウソをつこうと思っているわけではないのに、流れるようにウソが口から出てくる。そしてウソをついていることに気づいていない。それが今の自分の状態だ。

 

ウソをつくのが悪いことだというのはわかっている。そしてそれをすまいとしている。しかし自分のなかに染みついた、住み着いたものが、それを見えなくしているかのようだ。自分で気づかないというのが、いちばんたちが悪い。

だから今は、つねに自分を振り返っている。今、自分は大丈夫か。ウソをついていないか。尊大な態度になっていないか。へりくだる心を忘れていないか。自分のなかに神様はいるか。そういう自己チェックを、常に時分でしている状態だ。しかしそれを忘れてしまうことがあるのが怖い。何をしていても、自分を冷静に見られるようになりたい。

 

いくつかネットで調べてみたが、だいたい同じようなことが書いてある。

あるサイトによると、ウソをつく人の特徴はこうだ。

・やましいことがある

・プライドが高い

・自信がない

・人に注目されたい

・人を喜ばせたい

 

どれも自分にあてはまることだと思う。これまでにやましいことは数限りなくあるし、意味なくプライドも高い。それは自信がないことの裏返しだ。人に注目されてちやほやされるのが大好きだし、いいことを言ったりモノをあげたりして人を喜ばせて、その見返りに期待することもよくある。

全部自分のことじゃないか!

 

「互いに嘘を言うのをやめて、真実を語りなさい、なぜなら、わたしたちはお互いに同じ肢体に属し、わたしたちが嘘を言う時に、わたしたちはわたしたち自身を傷つけているのです」エペソ人への手紙4-25

「犬ども、まじないをする者、姦淫を行う者、人殺し、偶像を拝む者、また、偽りを好みかつこれを行う者はみな、外に出されている」ヨハネの黙示録22-15

「偽りを言うくちびるは主に憎まれ、真実を行う者は彼に喜ばれる」箴言12-22

 

聖書には神がウソをつくことを禁じ、その禁を破る者を憎むことがしっかりと記されている。クリスチャンだと称しながら、それでもウソをつく者は、偽善者なのだ。自分は偽善者などではないと思っている。しかし神様から見れば、立派な偽善者だということだ。しかも意識せずに息をするようにウソが出る。

 

どうすればいいんだ。

ゲームと変態癖。

 

昨日書いたが、息子はゲームにはまっている。小学校のときのチェスや将棋に始まり、ファミコン、テレビゲーム、パソコンのゲームときて、現在はカードゲームに夢中だ。

 

自分は小さいころから下着が好きで、コスプレみたいな恰好をさせたり、女性の陰毛を剃ってセックスするのが好きだった。今はそしなくなったが、ずっとそういうことをしてきた。変態性癖の持ち主だったのだ。

 

このふたつの共通点は何か。相違点は何か。

 

まず共通点は、それなしではいられないほど、病的に好きだ(好きだった)ということ。やりすぎるのはよくない、度を超すのはよくないとわかっていても、それを止めることができない。自分の理性のブレーキが掛けられないほど、それにのめり込んでしまっていた。

 

のめり込むと、感覚がマヒしてしまうのも同じだろう。いくらやめなさいと言われても、もうそれなしではいられないから、どこが悪いのかわからない。おそらくは息子も自分も、みずからを正当化していただろう。誰にも迷惑をかけていない、べつに犯罪ではないし、と。自分もそうだった。

 

それと、どちらもさびしさを紛らわすためにそうなったというのも共通点だ。息子の場合は慣れない日本の生活で、父親の愛情を感じられず、ストレスのはけ口としてゲームに走った。自分の場合は、母親の愛情が不足して、それをみたすために興味が性欲に向かい、その象徴である下着に充足感を求めた。またコスプレ傾向なども自分の偏向した興味を満たすことで、満足感を得る行為がエスカレートしていった結果だろう。

どちらも愛情欲求の代替行為だといえるだろう。

足らない愛情を満たすものがゲームであり変態性欲を満足させることだったのだ。

 

相違点は、ゲームは社会的に認められたものだが、下着趣味や変態セックスは、非社会的なものだということ。つまりゲームは堂々と人前でできるし、ゲームが好きだということが周囲に知られても、別に問題はない。だが変態趣味は人に知られたくない。知られたら恥ずかしい。ゲームのように堂々と人前で好きだということはできない。

 

その流れでいうと、ゲームはそれを通じて友達ができたり、コミュニティに参加したりできるが、変態セックスはそうはいかない。一人で(あるいはふたりで)する秘めた行為だ。社会的な広がりはまったくない。

 

同じ愛情欲求から向かったゲームと変態趣味だが、健全さという意味で結果はまったく違うものだ。

息子はそこに社会性を見出し、友人を作って人生を楽しんでいる。息子は結果として健全な魂があったからこそ、そこにたどりつけた。しかし自分はそうではなかった。自分はそれがもとで不倫にのめり込み、罪を犯してしまった。人のことを考えられない自己中心さ、バレなければ大丈夫という思い上がりにより、人生をめちゃくちゃにしてしまった。自分ばかりではない、妻と息子の人生までも。

 

教会に行こう。

 

妻が教会に行こうと言った。キリスト教の教会を近くで探して、そこの礼拝に通うようにと。息子が日本に帰ってきて、広島の学校に一人で行くようになったころだったと思う。そこで問題を起こしたころだったかもしれない。自分の問題もいろいろあった。

ネットで近所の教会を探し、いくつかあるなかで、結局家から一番近い教会を選んだ。試しに行ってみたら、なかなか雰囲気はよかった。

 

仕事で忙しいのに、毎日曜に教会に行くなんてできそうもないと思ったけど、行けるときだけいけばいいと割り切ったら、楽になった。教会は新しい人間関係も新鮮だし、なによりキリスト教という世界最大の宗教は興味深い。すぐに神様を信じる、というところまでいけないかもしれないけど、教会に行くのは苦痛ではない。聖書にもいろいろ学ぶべきことが多くあって、それは楽しい。

 

しばらく通ってみて、そのうちちゃんと洗礼を受けましょうということで勉強もしたことがある。だけど何かの都合でそれはやめてしまった。教会に通わなくなった時期もあった。そのときどきに理由があったんだけど、それは忘れてしまった。たぶん自分の心の問題だ。

 

それから自分が不倫して、もう一度ちゃんと教会に通おうということになって、その教会ではなくクルマで40分もかかる教会に行くことにした。そちらのほうが雰囲気が合うような気がした。

 

今、後悔しているのは、なぜ最初に教会に行き始めたときに、もっと真剣に神様と出会おうとしなかったのかということ。ここで自分が自分に向き合い、もっと深く自分を見つめていたら。神様を素直に受け入れていたら。現在の自分はなかったのではないか。こんな過ちを犯すこともなかったのではないか。

 

妻がなぜ教会に行くことを勧めてくれたのか。それを真剣に考えていなかったのだと思う。

 

結局妻の気持ちを思いやる。それができなかったのだ。自分には多くのダメなところがある。それを直そうとしてくれた妻が、なぜ教会に行くことを勧めてくれたのか。教会に行くと何が起こると期待したのか。そして自分がどう変わると期待したのか。そしてそれを神様に願ったのか。

自分のことをそこまで考えてくれた人は、それまでいなかった。だからそういう人の気持ちをおもんばかることもなかった。そもそも人の気持ちを考えない人だったから。

 

このとき自分はまだ超自己中心だった。キリスト教の教えに触れても、自分の心には何も響いていなかった。教会に通うようになって、少し自分が変わったかな、なんて思っていたが、それはまったくの気のせいで、悔い改めはまったくなかった。神様のこともわからなかった。自分は自分で、それにキリスト教というアクセサリーが加わっただけだったのだ。

 

あのとき、妻の気持ちを考える心が自分にあったら。家族の問題をもっと真剣に受け止めていたら。神様の言葉を素直に受け入れる心があったら。自分の自己中心性に気づきていたら。

 

後悔は後悔でしかない。自分がバカだったのだ。目の前の現実を受け入れることもできなかった。自分を疑うことなどできなかった。これが報いだ。愚か者の末路が今の自分だ。

 

自転車で広島に行く。

 

息子が高校生のとき、東京から広島まで、自転車で走ると言い出した。

友達と二人で、夏休みに1週間くらいかけて走るという。

当時広島の学校で寮生活していたので、そこまで自宅から走っていくのだ。

自転車はママチャリだ。友達はロードバイクだったらしいが、息子はそんなバイクを持っていなかったので、ママチャリだ。

 

スタートは東京で、教会に泊めてもらいながら走るという。手配も下調べも、全部自分たちでしたようだ。手伝わなくても大丈夫かな、と気になりながらも、もう高校生なんだから自分たちでやるだろうと、わざと何もしなかった。

 

倉庫にある、もう使っていないママチャリを使わせてくれという。広島まで乗っていったら、戻ることはないので、そのまま戻せなくなるがいいか、と聞いてきた。どうせ使ってない自転車だったし、じゃあ学校で使ってもらいなさい、ということで、そのまま学校に寄付することにした。

 

宿泊は教会で無料だとしても、途中の食事や飲み物(夏ですごく暑かったはずだ)、何かあった時のお金はどうしたんだったか。少しお小遣いをあげたか、それとも自分のお年玉を使ったか。覚えていない。

 

自転車に関わる自分としては、その決意がすごくうれしかった。自分が好きな自転車で、息子が冒険をしようとしている。すごいじゃないか。よくそんなことをやろうと思い立ったな。自分が高校生のときには思いもしなかった行動だ。親として子供の成長がうれしかった。

 

しかしその一方で、あまり手助けしてはいけないという気持ちも大きかった。せっかく自分でやると言い出したことだ。親が心配してあれこれ手配したり用意したりしてはいけないと思った。ましてや自分は自転車の人なので、やろうと思えば自転車の手配からウエアや雨具や、パンクしたときの道具や地図や、なんでも用意することはできる。

でもそれをしてはいけないと思い、わざと何もしなかった。尻が痛くなるだろうと思ったので、サドルにかけるカバーを貸してやったくらいだ。

 

出発の朝、自宅前から「じゃあ行ってくる」とママチャリで漕ぎ出した息子。その背中を見ながら、あるシーンが重なった。それはこの家に引っ越してきてすぐ、まだ息子が幼稚園のころ、初めて近所に友達ができて、その子の家まで自転車(補助輪付き)で行くと言って、一人で走っていった場面だ。心配だったが、あえて冒険させようと、ついていかずに見送った。おそらく息子が、初めて親の手から離れて、自分ひとりでどこかに出かけた場面だったと思う。いつも親といっしょだった小さな息子が、初めて自分だけで出かけて行った。自分の足で自転車をこいで、一人で走っていった。「ガー、ガー」と補助輪の音をさせながら。その背中を見ながら、息子がだんだん大きくなっていることを実感し、ある種感動していた。

 

そしてそのときと同じように、息子が同じ道をママチャリで走っていった。その背中を見ながら、あのときと同じだと思った。息子はもう大きくなって、一人でやっていけるようになったのだ。広島まで自転車で走ろうとするほど、たくましくなったのだ。

あのときと同じように、小さくなっていく息子の背中が見えなくなるまで、見送った。

 

息子を愛していた。今でも愛している。どこでどうしてボタンを掛け違えてしまったのか。

涙が出てくる。

今も、息子とふたりのかけがえのない時間を無駄にしている。ちゃんと関係ができていれば、もっともっと息子の成長を感じる場面を共有できたに違いない。

 

すべては自分の不倫のせいだ。そして自己中心で息子のことを考えてこなかった自分のせいだ。息子がもっとも多感な時期に、自分は不倫してほかの女の尻を追いかけまわしていた。

「息子が落ち込んでいるみたいだから、ご飯にでも連れて行って、話を聞いてあげて」と妻から言われても、「仕事で忙しい」と嘘をつき不倫相手とホテルでデートしていた。

 

その時間と労力を、息子に注ぐべきだった。悔やんでも悔やみきれない。

 

妻がアメリカに行く。

 

息子が小学校に上がる年、妻が息子を連れてアメリカに渡った。

その何年か前から語学を学び、一時的にアメリカにわたって免許をとったりしていた。

着々と準備をしたうえでのアメリカ行きだった。

 

だが最初に妻から、アメリカに行きたいと聞いたときは、どうせ行かないだろうと思っていた。まずは語学の習得から始めなければならないが、そのハードルは非常に高く思えた。自分より英語のできない妻が、英語で仕事ができるところまでいけるとは、とても思えなかった。しかしいくつもの語学学校に行き、熱心に勉強してかなりのレベルに達してしまった。これには驚いた。

 

しかし、それでも行かないだろうと思っていた。アメリカで仕事するのはとても大変なはずで、そんなことができるわけがないと思っていた。結局は、やっぱりダメだった、行くのはやめる、と言うだろうと高をくくっていた。

 

ところが。なんとほんとうに行くことになった。

しかし、そんなに長くはないだろうと思っていた。続くわけがないと思っていたのだ。

妻も「すぐに帰ってきちゃうとカッコ悪いから、だれにも言わないで」と言って渡米した。妻や自分の親にも言わなかったほどだ。

 

この、妻がアメリカに行くとき、自分はどんな気持ちだったか。

口では「3年は帰ってくるな。石にかじりついてでもがんばれ。でも3年がんばれたら、帰ってきてもいい。そのくらいやれば十分だろう。そのときは褒めてやる」と言っていた。

だが内心は、きっと1~2か月で音を上げるに違いないと思っていた。

 

自分としては、少し寂しい生活になるが、すぐに戻ってくるから大丈夫。少しの間の我慢だ。という気持ちだった。

 

だが妻はアメリカで戦い抜き、なんとその後20年以上、仕事を続けている。

 

問題はその、アメリカへ妻を送り出すときの自分の気持ちだ。

妻と息子が邪魔だった。送り迎えや食事後の片付けを手伝わされる。自分にはそんなことをしてる時間はない。仕事に没頭したかった。

それから、完全に上から目線だった。どうせ、続かない。どうせすぐに弱音を吐いて戻ってくる。どうせ妻のことだから。そういう目で妻を見ていた。

自分で意識はしていなかったが、夫婦間でも自分が王様で、妻は自分の思いのままになるものだと、心の奥底で思っていたはずだ。そういう自分だったのだ。

ところがそうはならなかった。自分が思っていない展開となり、妻は帰ってこなかった。

 

そして次のステップで、サイコパスは何をしたか。「アメリカで働いている妻」は自分を飾るためのアクセサリーになったのだ。妻がアメリカで働いていて、どんどん新しい資格をとってステップアップし、収入もあがっていく。そんな妻を持ったことを、自分は誇った。会社には内緒にしていたので、人に言うことはあまりなかったが、心のなかで誇っていたのだ。そんな妻をもった自分はすごい、と。

 

こう書くと、じゃあ妻をずっと下に見ていたのか、ということになるが、じつは同時にほんとうの尊敬も生まれていた。アメリカで子育てをしながら勉強する妻の姿を見て、自分にはとてもできないと、心の底から思えてきたのだ。自分にはできないことをやってのけている。それまで想像していた以上に、自分の妻はすごい人だった。そういう思いはほんとうに芽生え、そして大きくなっていった。

 

同じように妻をすごいと思っても、それを誇る自分と、それを尊敬する自分、そして着々とステップアップしていく姿を見て、嫉妬心もあったということだ。今はそのときの自分の心の汚さがよくわかるが、そのときはまだわかっていなかった。

妻を誇ることをやめる。それは同時に自分を誇ることもやめるということだ。

だが尊敬の念は、いつまでも持ち続けたい。