ストケシア(邂逅(かいこう)・エピソード) | anemone-baronのブログ

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落書き小説根底にあるもの!
私の人生は、「存在しなければ、何を言っても正しい」という数学の存在問題の定義みたいなもの。小説なんか、存在しないキャラクターが何を言っても、それはその世界での真実なのだ。

部下:辻本 恵美(女)、田中 聡(男)

 僕が良く利用している、大手画材店「株式会社和洋画材」からの紹介で、陸上競技イベントのポスター制作を任されることになった。

 

このイベントは陸上連盟が主催し、全体を総括する広告代理店の担当者との初対面も兼ねた打ち合わせが和洋画材の会議室で行われる予定だ。

 和洋画材の部長、森本さんと僕は、打ち合わ前に少し時間があったので、会議室でコーヒーを飲みながら談笑していた。


なんと森本部長は、僕がアルバイトをしているコンビニの店長の弟さんだった。森本さんたち兄弟とはそれぞれに長い付き合いがあるので、この偶然には本当に驚かされた。

 

こんなに世間は狭いのかと、改めて感じ入った。ズボラな僕は、今日の打ち合わせの代理店さんがどこかも知らなかった。

 10:30ピッタリに代理店さんの男女二人が会議室に入ってきた。代理店の方と森本部長は以前から面識があるので、ひたしく挨拶を交わして、僕は少し緊張しながら名刺交換をした。


名刺を見ると「ブルーム・エージェンシー・ Inc(BAI)大手の広告代理店だ。」と心のなかで囁いた。

女性の方から挨拶をしてきた、「始めまして、ブルーム・エージェンシーの辻本と言います。」「始めまして、田中と言います。」

「今回、森本部長さんから紹介いただいた、山本大樹と申します。よろしくお願いします」などと堅苦しく挨拶をした。
 

 挨拶が終わると、森本部長が「今日は住田君は来ないの?」

辻本さんが慌てて「すみません。住田は急用が出来てしまいまして、森本部長には改めてご挨拶に伺うとのことで、今回は田中と二人で参りました。」

「いや、別にそんな堅苦し事言わなくったっていいんだよ。そっか住田君に会わせたかったな~っと思っいただけ」森本部長はそう言ってコーヒーを口ん運んでた。

 

僕は二人の会話を聞きながら「住田?もう一人お偉いさんが来る予定だったんだ。」と大して気にもとめていなかった。

その後、代理店の方々から全体のブランやイメージなどを聞きながら、僕は、二人の似顔絵を描いていた。

 

一通り説明が終わると、森本部長さんは、辻本さんと田中さんの方を見て「後は任せたから、山本君と話してくれ。」と言って席を立った。

 森本部長が席を立った後、代理店の二人は少しホッとした感じで眼の前の冷めたコーヒーを口に運んでした。


僕は画材バックから、数枚絵を取り出して二人に見てもらった。実際の絵を見てもらったほうが、メールや写真を見せるより印象がはっきり分かると思ったので、重かったけど持参してきたてた。

「これは、パステル、こっちは油絵、アクリル画で、これがCGです。」


辻本さんはそれぞれの画を手に取り「へ~実際に見ると印象がぜんぜん違うものなんですね。どれも素敵です。」


男性の田中さんも「見比べると、やっぱりCGって、何か空気感が無いと言うか、温かみに欠けると言うか…結構違いますね。」まじまじと見比べていた。

 

「でも、ポスターだと直しとか変更とか有ったりするからCGの方が楽なんでしょうね。」

僕は笑いながら「そうゆう仕事のときはそうですね。でも今回はレイアウトは別の方がやりますから。気が楽です。」

 打ち合わせが終り、二人が帰社する時、「あっ、これ差し上げます。少しラフですけど」僕は二人の似顔絵を渡した。

辻本さんが驚いて「え~!素敵。私こんな美人じゃないですけど。嬉しい!帰ったら皆んなに自慢しちゃお。」と少女の様に弾んでいた。

田中さんも「いつの間に描いていたんですか~、あっあの時てっきりメモってると思っていた」

 

「俺、こんな知的な顔してないけど、ありがとうございます。お見合い写真代わりに使わせてもらいます。」と冗談まじりに笑って喜んでくれた。

 僕は森本部長に挨拶をして和洋画材を出て、まだお昼前。せっかく都心まで来たんだから、久しぶりにミニシアターでも観てから帰ろう。

ブルーム・エージェンシー

 ブルーム・エージェンシーに戻った私は、上司からの急用を済ませた後帰社すると、事務所がいつも以上に活気づいているのを感じた。

 

どうやら、田中さんと辻本さんが和洋画材での打ち合わせから戻ってきたらしい。辻本さんが手に持つ紙に皆が集まり、賑やかな声が飛び交っている。

「見てみて、これ、打ち合わせのときに描いてくれた似顔絵よ!」辻本さんは得意げに紙を振り、他の同僚達も「すごくいいね、ちゃんと特徴を捉えてる。でも、ちょっと美化しすぎじゃない?横に並べてみようよ」と笑いながら提案していたりしていた。

 私が「ただいま」と言いながらデスクに向かうと、周りの皆が一斉に「主任、お疲れ様です!」と迎えてくれた。 

 

「主任、急な用事があって大変でしたね。大事な打ち合わせだったのに」と田中さんが同情してくれる。

「ま~、それも仕事の一環よ。とにかく無事に片付いてよかったわ」と応え、椅子に腰掛けた私は、好奇心が先走り、「今日の打ち合わせはどうだったの?アーティストの方はどんな人?」と辻本さんと田中さんに尋ねた。

「それが、ね、何と言ったらいいのかしら…山本さんって、なんだか周りを暖かなオーラで包み込むような雰囲気があって、話し方もすごく柔らかいの。それに、見た目もハンサムで、32歳で独身って言ってたわよ……」

私は少し呆れ気味に、「はいはい、分かったから、森本部長のオススメだから仕事もちゃんとしてるでしょう。でも、作品のサンプルはもらってこなかったの?」と尋ねた。

田中さんが「あ、そうだった!」と言いながら、「主任が急用で来られなくなったから、カラーコピーをいくつかもらってきました」と言って、コピーされたサンプルと名刺を私のデスクの上に置いてくれた。

「主任、実際の絵を見ると全然違うんですよ。吸い込まれるような、変ですけど、飛び出してくるような」

私が彼らの話を聞きながら名刺を手に取り、「山本大樹」という名前を目にすると、心のどこかで「もしかして、あの大樹?」という思いがよぎった。

 辻本さんが話した彼の特徴を聞き、「主任、これ、山本さんが打ち合わせの時に描いてくれた私たちの似顔絵なんですよ」と、辻本さんが嬉しそうに見せてくれた似顔絵には「Yamamoto」とサインがしてあった。

「これは、間違いなく“大(だい)”ね…」と心の中でつぶやきながら、長い間心の奥深くにしまい込んでいた記憶が甦ってくるような感覚に襲われた。

私は、似顔絵を手に取りながら、長年忘れていたあの頃の情景が目の前に広がるような感覚に包まれていた。

車窓

 都内から自宅に戻る夕暮れの特急電車の中で、僕はひとり小さな打ち上げを楽しんでいた。売店で買った冷えたビールを片手に、窓外の流れゆく景色に目をやる。時々、眩しい日差しが差し込んでくる。

 後は10日後にブルーム・エージェンシーの担当者と陸連の方との顔合わせ。それまでおおよそのサンプル画を描いておく必要がある。代理店の方はメールでやり取りするとのことだったので、それまでは、自宅にこもって創作活動に性を出かっと考えていた。

 車窓と言うキャンパスでは、薄紅色に染まり始めた空の下、都市の建物が次々と後ろへと流れていく中、動きを止めた雲が静かに空に浮かんでいる。

その雲たちは、まるで時間さえ凍りつかせてしまったかのように、穏やかに、しかし堂々と佇んでいる。

僕の心は、この移ろいゆく景色と、永遠の静寂を纏う雲との対比に、何とも言えない感慨深さを覚えながら、ビールの冷たさとともに、この瞬間の静けさを噛みしめていた。