部下:辻本 恵美(女)、田中 聡(男)
私は、ブルームエージェンシーに勤めるマーケティングディレクターとして今回、地方自治体の教育委員会から非常に意義深いプロジェクトを任された。
この仕事は、モデル市を設定して小学生と中学生の学業成績の個別分布を解析し、より効率的で効果的な教育制度を設計すること。
このプロジェクトには、ただ成績を向上させるだけではなく、すべての生徒が公平な教育を受けられるようにするという、社会的な意義が込められていた。
プロジェクトの初期段階で、私たちは地方自治体の教育委員会の会議室に集まっていた。部屋は緊張感で満ちており、私の前には教育委員会のメンバーやモデル学校の校長先生方が座っていた。
「住田さん、私たちが望んでいるのは、ただの数字上の改善ではありません。」教育委員会の委員長、鈴木氏が話し始めた。
「私たちは、すべての生徒が平等に質の高い教育を受けられるような制度を望んでいます。それには、学業成績だけでなく、生徒一人ひとりの家庭環境にも目を向けなければなりません。」
私は深く頷きながら答え
「理解しています。私たちも、生徒の家庭環境が学業成績にどのように影響しているかを詳細に分析するつもりです。例えば、母子家庭や共働きの家庭、収入格差や障害を持つ生徒のサポート体制など、多様な背景を把握することが重要だと考えております。」
鈴木氏は続けて、深刻な表情で強調した。
「そして、我々が直面しているもう一つの大きな課題は、教職員の負担軽減です。現在、教員は多岐にわたる業務に追われており、その労働環境は決して良いとは言えません。」
「教育を一般の職業として確立させるためにも、教務作業の効率化を図り、彼らの負担を軽減する必要があります。」
私は鈴木氏から挙げられる問題点に耳を傾けながら、これらの要点をメモに取り、同時に頭の中でどのようにアプローチしていくべきかを考え始めた。
確かに、教職員の作業効率化は、ただのデータ分析以上のアプローチが必要であることを認識していた。
それらの重要性を踏まえ、私たちはさらに具体的な情報収集の方法を検討し最終的に、教育現場の生の声を集めるため、WEB上にアンケートを設置することに決定。
各学校の先生方に、日常の教務作業で直面している問題点や、効率化を図るために求められるサポートについての意見を記入してもらうよう依頼した。
このアンケートは、教育委員会との初会合から数日後に公開され、全市の小学校と中学校の先生方にメールでリンクが送られた。
回答期間は2週間と設定し、可能な限り多くの先生方の声を集めることを目指し、このアンケートを通じて、教員の日々の業務における具体的な課題や、改善を望むポイントが明らかになることを期待していた。
その後、会社に戻りプロジェクトチームの部下達に私は指示を出していた。
「辻本さんは、教育委員会と先生方から各ヒアリングの趣旨をまとめて。」
「それと、田中君は、委員会から得た情報を基に、家庭環境と学業成績の関連性を分析してみて。成績と収入の相関関係と因果関係を明確に。特に、学業に影響を与えうる家庭の客観的な情報に注目して。」
田中君は待ってましたとばかり意気揚々に「分かりました、主任。このプロジェクトは、私たちにとっても新しい挑戦ですね。全力で取り組みます。」
部下の辻本は今回の提案書を整理しながら、「ねぇ主任、このプロジェクトは元々、文部科学省の内部プランの一環として立ち上げられた物でしょう。国が直接手を下すべき案件だと思うんですが。」
「確かにね。だけど、実情としては、詳細なデータ分析に必要な生データを持っているのは地方自治体各自で、文科省には大枠のマクロデータしか集約されていないの。そのため、省内では個々の学生や学校の詳細にわたる分析を実施することができないのが現状なのよ。」
私はパソコンで作業しながら「それにね辻本さん!データ分析の専門的ノウハウも省内には乏しい。このような詳細な分析と専門知識を持ち合わせているのは、実は民間企業の方が圧倒的に優れているのよ。」
田中君が話に割り込んできて自信げに「そこで文科省は、民間の力を借りて具体的な分析と提案を行うことに決めた。って事さ。ただ、予算少ないけどな。」
辻本さんはため息を付いて「それにしても、気の長い仕事ですね~商品マーケやイベントの様に”ハイ、これで終わり!”って訳じゃないもんね」
数日後、プロジェクトの途中、チーム内での緊張が高まる一幕があった。部下の田中君が、学業成績と家庭環境のデータ分析に苦戦していることが発覚。
データの膨大さと複雑さに圧倒され、彼は何度も夜遅くまで残業を続けていようだった。
夜21時ごろ、私は次回の報告書の整理が終り帰ろうとすると。田中君がひとりで暗いオフィスに残って作業しているのを見かけて「田中君、もうこんな時間だよ。大丈夫?」声をかけると、彼は疲れた表情で顔を上げた。
「すみません、主任。このデータ、どうにもこうにも...」彼の声には挫折感が滲んでいた。
「もう今日は帰りなさい。大丈夫!なんとかなるから」と慰めて帰宅させた。
翌日、私はチーム全員を集め状況を共有することにした。「みんな、田中君が一人で抱え込んでいる問題は、チーム全体の問題よ。私たちはチームとしてこれを乗り越えましょうね。」
皆んなは優しく「なんだよ。言ってくれればいつでも手伝ってあげたのに」とチームメンバーたちは一致団結し、田中君をサポートするために力を合わせ始めていった。
データ分析のエキスパートである辻本さんが、田中君にデータ処理のテクニックを伝授。
「ここの統計関数はCONFIDENCE.T を使うよ。スチューデントの T 分布を使用して、母集団に対する信頼区間……」
また、デザインを担当している佐藤さんは、報告書の視覚化を効果的にするためのアイデアを提案してた。「
ここは、分布の統計図表を使うと分りやすいと思うよ、視覚的な情報は、文字だけの情報よりも記憶に残りやすいから……」
この協力の結果、プロジェクトは大きな進展を見せ、分析作業がぐっとスムーズに進むようになりそして、ある朝、田中君が嬉しそうに報告してきた。
「主任、やりましたよ!家庭環境と学業成績の関連性、明確な傾向が見えてきました!」彼の顔は達成感でいっぱいだった。
その日の午後、私たちは小さな成功を祝うためにオフィスで小さなパーティーを開きました。チームメンバーたちが笑顔でお菓子を分け合いながら、この先のプロジェクトの成功を誓い合った。
「皆んなさん。ありがとうございました。ほんと自分が勉強不足でスイマセン。」
主任としての私は田中君を称えながら全員を称えた。
「この統計資料は、多分、誰も見たことが無い位の素晴らしい内容だわ。十分、社会科学の論文として投稿しても恥ずかしくない出来よ。私が太鼓判押します。」
この一連のやり取りを通じて、私たちのチームはただの同僚以上の強固な絆で結ばれることになり、それぞれの専門性を活かしながらも互いを尊重し、時には互いの負担を軽減するために手を差し伸べ合い、チームとして一丸となって目標に向かうことの重要性の大切さを改めて実感した。
社内外からの温かい協力も得ながら「仕事は人である」と……つくづく思っていた。
この仕事を経て、部下達はただのマーケティング部ではなく、社会に貢献する力を持ったプロフェッショナルとしての自分達を再発見したようだった。
データを通じて、教育のあり方を少しでも改善できるかもしれないという希望を持ちながら、新たなデータの大海原を泳ぎ続けていた。