はつせの音に懐かしさがありまして、
はつせと言えば、
私の故郷の老舗の和菓子屋さんの名前で、
地元では知る人ぞ知る和菓子屋さんでした。
が、はつせとは、なんだっぺ?
はっせ?(当時親たちもわからなかったみたい)
意味わがんねぇべさ
→変な名前だなぁと思った子供の頃の記憶
で、今日、謎がとけました。
はつせさんという女人の名前ではなくて、
初瀬という霊験あらたかな場所の名前だったのです。
仏の御中には初瀬なむ 日本の中にはあらたなる験あらはしたまふと 唐土にだに聞こえあむなり
~源氏物語より
長谷寺(初瀬)の観音様は日本だけでなく唐土(中国)にまでそのご利益の評判が広がるほど、現世利益が顕著であるという意味
長谷寺関連なのですね!
お店のお菓子の名前を万葉集から引っ張って来ていますからほぼ確定でしょう。
茨城県古河市の地図です
足利成氏(1434–1497)**は、室町幕府の関東支配を担った「鎌倉公方」です。のちに古河へ移り「古河公方」と呼ばれ、初代古河城主となった人です。
史料によると、足利成氏は
• 京都の長谷観音を深く信仰していた
• 武運長久・戦勝祈願のために祈祷を依頼した
• 観音信仰を通じて京都との宗教的つながりを保ったと伝えられています。
なぜ成氏は観音を重視したのか?
成氏の時代、関東は享徳の乱(約30年続いた大乱)により、社会不安と戦乱が続いていました。
観音菩薩は
• 戦乱からの救済
• 武運長久
• 民衆救済を象徴する存在でした。
とくに「十一面観音」は“あらゆる方向から衆生を救う”とされ、不安定な時代にふさわしい信仰対象だったのです。
京都とのつながりを象徴する観音信仰
成氏は京都の 長谷寺(長谷観音)を信仰していました。
これは単なる宗教心だけでなく、
• 室町幕府の正統性との精神的つながり
• 足利将軍家と同じ文化圏に属しているという象徴
• 自身の「公方」としての正当性の補強という意味も持っていました。
つまり観音信仰は、⚔️「戦の守護」+ 🏛「政治的正統性」という二重の役割を果たしていたのです。
古河(現在の茨城県古河市)に伝わる「長谷観音」は、古河公方ゆかりの観音信仰として語られる存在です。
古河の長谷観音は、日本三大観音とホームページで名乗りをあげております由緒正しいお寺さんなので、
長谷寺→はつせ
の謎がとけました㊗️
生きていますと面白いことがたくさんみつかるものですね。
お読みくださいましてありがとうこざいました。

