⑤ 何も決めない日本の上司・変化を拒み、保身を図る体質
(前回まで4回にわたって、投稿したこのテーマに関する記事については、「日本流Followership-何も決めない、変えない日本の上司①~④」をご参照ください。)
さて、このような典型的な日本の会社の「上司」、あるいは中間管理職は、一般的に、とにかく変化に対して鈍感というか、変化を拒む体質にあると思います。今回はその「体質」がどうやって形成されてきたのかを、角度を少し変えてみてみたいと思います。
最初の視点は、日本企業の多くみられる、日本型の人事制度、人事評価制度に起因されると思われる部分です。
典型的な、日本の大会社の人事評価制度でも、最近では、年度毎の達成目標を定めて、それに対し達成度を評価するという考え方は取り入れられていると思いますが、問題は、その「目標設定」にあります。
日本語は、ある意味とても便利な言語で、「曖昧」に表現することが極めて簡単にできますので、制度がしっかりと明確に目標設定のルールを作ってないと、この日本語の「曖昧な部分」と相まって、理解出来たような、出来ないような曖昧な、そして、「結果はまだ、出ていないが、それなりの進展がみられる」とか。「事業環境が大きく変化したわりには善戦した」とか、いわゆる「よく頑張った」的な評価を、上司の上司もつけてしまいがちではないでしょうか?
外資系の人事の世界では、もはや基本中の基本となった、評価の目標設定のルールですが、
とこらが、日本の会社では、このSMARTが守られていないケースが多く、営業や千三現場のように、営業目標や生産性のKPIという指標が日常的に使われない部門や中間管理職の立場では、とくに定量的でなく、定性的な目標設定となっているケースが多いと聞きます。
そうであれば、抜本的な改革を伴うような目標設定をせず、前年度より、少し向上したとか、異なる取り組みをしたとかというような取り組みや、数値目標も会社全体や部門全体のものをつかって、その中間管理職個人の独自の目標設定や実績管理になっていないように思います。
確かに、一年では結果が出ないケースや、定期的な人事異動がある会社では、前任者が苦労して巻いた種を、後任者が来た途端に成果がでるというケースもあるでしょうが、大切なことは、やはり中間管理職が個人個人として、「自分として何をめざして一年間仕事をするのか」という具体的かつ、測定可能な目標設定をさせるよう経営陣が指導する必要があると思います。(次回に続く)

