「Far Reaches」でのテーマは、「どうしても必要で求めているものを、手に入れるにはどうしたらいいですか?」ということでやってみました。いつも同じようなテーマですが、またちがった切り口の回答も得られるのではないかと、続けています。
変性意識に入って、先ほどの質問をすると、大きな高級レストラン風のところに、テーブルがあり、その上に白い大きなお皿が置かれているのが見えました。そのお皿の上には、薄切りの生(焼いていない)のベーコンの切れ端が2枚、のっています。立派な雰囲気のナイフとフォークが揃えて置かれています。この映像の意味は、何?と尋ねます。
こんな立派な高級レストランで、ベーコンの切れ端が、2枚だけ・・・それも、調理もされていない状態・・・これに立派な食器を使うのも、何なんでしょうかね。「もう、こちそうさま」の意味のナイフとフォークが、揃えてお皿の上に置かれているということは、「このベーコンは、要らない、不要なものでしかない」と、意味しているようです。注文を間違えたとか、注文する店を間違えた、または、希望していることがうまく伝わらなかった・・・といった感じです。
例えば、言葉のまったく通じない外国で、明日の朝食用のベーコンを買おうとしていたが、どこで手に入れればいいかわからない。それで、ベーコンを意味する片言の現地語の単語だけで、ベーコンを探していると、こんな高級レストランで、生のベーコンを出されるはめになった・・・・なんて、とんでも話が作れそうです。
次に、「ヤフオク」と「場違い」「需要と供給」という文字がやってきました。ヤフーオークション、日本では、需要と供給が一致していることによって、たくさんの人に利用されています。自分のほしかったものを、条件や、金額など、詳細を把握・納得した上で、手にすることができるという便利さに魅力を感じますね。先ほどの例、高級レストランでの、未調理ベーコンの切れ端といった、場違いな需要と供給とは、大違いです。
人は、必要なものを求める際には、「いかに具体的に、いかにイメージ力豊かに、いかに強く求めているかどうか」が、大きなポイントになるといった情報がきています。
ここで、私は、ある記憶を再生しています。私の家族の話ですが、命にかかわる危機的状態になり、大きな手術を受けなくてはならなくなりました。しかし、手術をしても助かる見込みはそう高くないということでした。そして手術は成功して、命が助かったとしても、その手術によって、一生不便な生活を強いられる障害が出る可能性が、とても高いということも告げられました。
私以外の家族は、医師の説明のままの想像しかしていませんでした。仕方ない・・・命が助かれば、それだけで充分・・・そう思っていました。しかし、当の本人は、命が助かることも、もちろん大事だが、人間としてこの先、生きていく上で、障害を抱えて生きるのは、とても堪え難いことだと訴えていました。そして、深く絶望していました。
私は、本人の気持ちが痛いほどわかりました。命も助かり、障害も出ない最良の結果が出るよう、私は、ひたすらイメージしました。それ以外の望まないイメージは、一切しないようにしました。そして、不可能はない!と信じ切りました。信じただけではなく、執刀医に特別に時間をつくってもらい、手術を受ける本人と一緒に、話しをしに行きました。そして、本人と私は、それぞれの立場で、きちんと執刀医に、希望を伝えることをしました。「人間として、この先、生きていくためには、手術にともなう障害は、非常に受け入れ難いものであるので・・・どうしても、障害が残らず、命が助かるようにしてもらいたい・・・・」と、お願いしました。ここまでした結果、すべては、希望通りになりました。大変難しい長時間の手術になりましたが、奇跡的に本人や私の願いが叶いました。
本当に心から求める必要なものは、このように、どうしても譲れないものとして、強く、そして豊かに、ポジティブにイメージすることが、ポイントなのだと、この過去の記憶の再現によって、伝えられてきました。
高級レストランで、生のベーコンの切れ端を出されないようにするためには・・・・具体的にどういうものが欲しいのか、そして、それを手に入れるには、どうすればいいのか、それを手にしたとき、どうなっていたいのか、自分で具体的に強く、継続してイメージする。そして誰が何と言おうと、常識が何であろうと、絶対こうなるんだ!絶対、実現するんだ!と信じ切る。
こういうことが、求めている必要なものを手にするための鍵だと、今日のヘミシンクで、情報を受け取りましたね。質問をした際、私の過去の経験を思い出させるということで、こういう答えや情報を伝えてくれるケースも、ヘミシンク中にはありますね。どう考えても不可能に思えるようなことでも、可能にすることができるかどうかは、自分次第なのかもしれません。
では、また次回!