F27フリーフローを聴いていると、公園か何か、地面は運動場みたいになっている空き地のような場所と、水色のフェンスが見えてきました。その横が坂道になっています。私は坂の下に向って歩いています。すると、その坂道を私の方に向って、2人の女の子が、はしゃぎながら楽しそうに駆け上がってきます。
ここは、どこかで見たことがあるぞ~、と思っていると、思い出しました。母方の祖母の実家です。随分長く行っていませんね。祖母の実家は、その坂をあがったところにあるので、家に向いました。広葉樹で覆われた垣根があり、その向こうに玄関が見えてきました。玄関先に、白髪を後ろで結った老女の姿があります。よく見ると、私のひいばあちゃん(母方の祖母の母親)でした。私が小学生の時に88歳でなくなったので、ひいばあちゃんのことは、ちゃんと憶えています。私が生まれた時、まだ生きていた、ひいじいちゃん、ひいばあちゃんは、この母方の祖母の母親ひとりだけでした。
目の前にいるひいばあちゃんは、私に白い紙包みを渡しました。それは半紙で折ったポチ袋がわりのものでした。そういえば、お正月やお盆などに、ひいばあちゃんの家に行くと、いつも半紙で折ったポチ袋に、お年玉やお小遣いを入れて、持たせてくれていましたね。ヘミシンク中に、こうやって会えるとは、夢にも思いませんでした。というのも、ひいばあちゃんがなくなってから、何十年という歳月は経ち、ひいばあちゃんのことは、どういうわけか、まったく思い出さなかったんです。申し訳ないくらい何十年も、ひいばあちゃんの存在すら、忘れていました。ひいばあちゃんの住んでいた家に行っても、思い出さないくらいですから。ひいばあちゃん、ごめんなさい。
でっ、その半紙で折ったものを手渡された私は、今度は、ひいばあちゃんの家の裏手にある、お宮さんの池のへりを歩いていました。池のへりの道は、円形になっていて、お宮さんに続いています。ちょうど真ん中あたりにさしかかったところで、私の右手を誰かが掴むような感触がきました。何だ!と思い、池をのぞき込むと、紺色の着物姿の男の子がいます。5歳くらいで、この子が生きていた時代は、かなり昔だったように感じられました。この子は遊んでいて、この池に落ちて、おぼれてなくなった、という情報がきました。
私はすぐにこの子を抱き上げ「お父ちゃんお母ちゃんのいる、いいところに連れていってあげるからね」と話かけました。池の水は冷たかっただろう・・・お腹も減っているだろう・・・そう思い、あったかい出来立ての、みたらし団子を食べさせ、お砂糖を入れたあったかいお茶をのませながら、F27に向かいました。F27につくと、着物姿のご両親が迎えにきていました。無事この男の子を、ご両親のもとに送り届けられたようで、ホッとしました。
ガイドの解説によると、私のひいばあちゃんは、ヘルパーをしているそうです。それで、今回、ヘミシンクをしている私の前に姿を現し、この男の子をレトリーバルするような流れになったようです。生きている人間である私たちが、すっかり忘れてしまっていても、こうやって縁ある人とは再会できるんだなと感じました。
若くしてなくなった知人をレトリーバルした件、昨年12月のブログでも書きました。今までヘミシンクでレトリーバルした、今生で出会った人たちの中には、それほど親しい間柄ではない人のケースも多くありました。でも、何かのご縁があったのでしょう、自然とレトリーバルするようになっていたんですよね。「袖振り合うも多生の縁」ということを痛感させられます。この世で出会った人というのは、過去の人生のどこかでも、出会っていて、すでにご縁ができていたのでしょうね。肉体で生きている今は、様々な制限や限界がありますが、ヘミシンクによって、その制限や限界を超えられる範囲が少し広くなってきている気がします。今回ひいばあちゃんに再会して、そんなことを思いました。
では、また次回!