「メムノンの巨像」の見学が終わると、再び、バスに乗って移動。
移動の間に、左手に見えたのが、並ぶようにあった「クルナ村」と「貴族の墓」。
この「クルナ村」というのは、別名「盗掘の村」とも呼ばれていて、いわゆる、墓泥棒がたくさんいた村。
こうして、墓の近くに陣取って、中のモノをゴッソリ・・・。
秘密の隠し場所から、たくさんのミイラが出てきたりしたんだそう。
そして、「貴族の墓」というのは、新王国時代の高官たちの墳墓です。
まぁ、こんなに遠くから見たんじゃ、どこが墓だかわからないですけどね。
次の見学地は、「ハトシェプスト女王葬祭殿」。
「メムノンの巨像」からは、10分もかからない距離。
駐車場にバスが到着すると、まずは出店のたくさん並んでいる通りを通過。
チケット売り場のそばで入場チケットを受け取って、先に進むと、こんな乗り物が待っていました。
売り場から、「ハトシェプスト女王葬祭殿」まではちょっと距離があるので、これに乗れば、楽チン、というわけ。
大体、3人が横並びに座れるぐらいの大きさで、みんなが乗り込むとすぐに走り出しました。
マイ・マザーが言うには、12年前にはこんな乗り物はなかったそうで、歩いて行ったんだとすれば、大変だったでしょう。
だって、この距離ですよ。乗れば、あっという間って感じですけど・・・。
2分ほどで、葬祭殿手前に到着。ここからは、歩いての観光。
まずは、入口の手前にあったこちらから、説明がありました。
これが、「ハトシェプスト女王」が「プント」という国から持ち帰った木、の残骸?
根っこのようなものが残っていて、入口の両サイドにありました。
この「プント」という国は、現在のソマリア辺り、といわれています。
入口を過ぎると、目の前に、「葬祭殿」がドーン!
「葬祭殿」というのが、何の目的で造られたのか、というと、ピラミッドの造られていた時代はピラミッドのそばに建てられて、復活再生の儀式を行っていたんだとか。
その後は、死者に供物を奉げる儀式を行う場所になっていったんですって。
この「葬祭殿」を設計したのは、側近で建築家の「センムト」という人。
この「センムト」ってのは、「ハトシェプスト女王」の愛人だった、という説も。
なぜ、こんな場所に造ったのか、というと、後ろにある岩山の形がピラミッドに似ていたから、だとか。
その山は、「エルクルン山」、といいます。
ただ、最初にこの場所に目を付けたのは、「ハトシェプスト女王」ではないんです。
この「ハトシェプスト女王葬祭殿」の横に、「メンチュヘテプ2世」の「葬祭殿」ってのがあるんですよ。
現在、修復中で、かろうじて原形をとどめている感じですけど、その「メンチュヘテプ2世」というファラオが先に、ここに葬祭殿を造ったんです。
それも、「ハトシェプスト女王」より、約500年も前に!
さらに、驚いたことに、この「ハトシェプスト女王」と「メンチュヘテプ2世」の間にも、実はもう一つ、「葬祭殿」があったんですって。
今は、え?どこに?って感じですけど。
それが、「トトメス3世」の「葬祭殿」。・・・覚えてます?「トトメス3世」。
そう、「ハトシェプスト女王(義母)」に実権を握られて、相当、鬱憤の溜まりまくっていたファラオ。
当てつけのように、義母の葬祭殿の横に自分も造る~、と造ったそうですが、なぜか、その後に起こった地滑りで、「トトメス3世」のだけ、ぶっ壊れ~。
今は、完全に廃墟、だそうです。「トトメス3世」って、なんか、不憫ですね・・・。








