今日はかなり重い話かもしれませんが、タイムリーであり、必要な方に届けばと思い、ぶっちゃけることにしました。
私の両親は、私が小学3年生の頃から統一教会の信者でした。
まだまだ子どもだったので、その頃の母が抱えていた苦悩を理解することはできませんでしたが、きっと、生きることや現実が辛かったのだと思います。
知り合いに勧誘されて入会し、瞬く間に深く深く洗脳され、従順な信者となって行きました。
程なくして父親も、信者となって行き、それまで感じていた家庭の空気感がガラッと変わり、
姉と私は、戸惑いと不安に取り囲まれるようになりました。
それから、韓国の流儀が家庭で当たり前になり、無理やり朝のお祈りに参加させられ、知らない韓国人のオッサンをメシヤ、救世主、真のお父様であり、その妻を真のお母様 であると教えられ、その写真に向かって聖歌を歌わされ、三拝敬礼をさせられ、祈祷や読経を強いられました。そして、とにかく常に、罪があることを叩き込まれました。
家にはたくさんの大理石の壺や、多宝塔のようなもの、でっかい弥勒菩薩像が増えていき、
もちろん、お数珠やら、高麗人参などもいつも目に止まるところにあり、終いには台所の食器棚は、教会関連が発行する教本や冊子で埋め尽くされるようになりました。
ちょうど思春期です。
普通の会話が、親とできませんでした。
普通の家庭の子たちが感じる、成長期での不安や大人への疑問や、特に人を好きになる事や異性についての話、、その類いの話を、少しでもしようものなら、頭から否定され、「原理」というなの教えに背いている、そういう考えを持つこと自体生まれ持って罪人である証拠なのだと諭されました。
話が通じない、
全てを否定される、
まだ成長段階にいた私たちには、相談相手がいませんでしたし、誰に助けを求めたらいいのかもわかりませんでした。
ただ、毎日自分の中にある感覚との矛盾を感じながら、無条件で大好きな親から否定され続けるうちに、次第に自分の存在そのものに罪悪感を感じるようになって行きました。
母親は教会にいる時間がほとんどでした。
早朝から行水をして祈りをしに教会へ行き、朝ごはんを作りに帰ってきて、午前中にはまた教会へ戻り夕食の時間ギリギリに帰ってきて、片付けるとまた教会へ戻る毎日でした。
そして、年に何回も韓国へ出かけていました。
私が1人目を妊娠し、里帰り出産することを親に伝えて実家に帰り、破水した時も、母親は韓国に出かけていて いませんでした。
高校生の頃から、
親の選択を尊重しつつ、自分自身も尊重して生きようと、親から普通に愛されないことへの苦しみに折り合いを付けて、生きようとしてきましたが、破水して、母親が韓国にいるその状況を、仕方がないと思えませんでした。
とても、悲しかったし寂しかった。
高校を卒業して、私は家を出ました。
実家にいるだけで、心がボロボロに傷つき、離れなくてはならないと強く思ったからです。親に愛されないことよりも、私が私でいられなくなることへの恐怖が上回りました。
ですが、こびり付いた罪人の意識は、大人になってもたまに浮上し、自分を責める癖や、自己否定感から抜け出す為に、様々なことを試しましたし、今でもその癖と向き合いながら、自分らしく生きれるようにチャレンジする日々です。
親のあり方が、子へ及ぼす影響の大きさは計り知れません。宗教や思想うんぬんではなく、
ふとしたひと言、ある日のたった一度の態度でも、子供の心に深く影響を与えてしまうのです。なぜなら自立していない子供にとっては、親は世界の中心のようなものだからです。
私は、娘2人に恵まれましたが、
親100%をしていません。
親は5割、後半分は、同じ時代に一番近いコミュニティで一緒になった仲間という概念で、同じ目線で付き合うように意識しています。
親は偉くなんてありません。
親が正しくもありません。
助言はできても、それがその子への最善だと決めることは、古い時代に生まれた「親」にとってはもしかしたら大きな間違いかもしれません。
その子の個性を認めることこそ、親のできる唯一正しいことだと思います。
その子の身の危険に関する知識や、助言をして、後は見守り、応援する。
子は親を見抜いています。
親よりもずっと進化しています。
もし、今、同じような状況で辛い立場にいる子供たちが、これを見ていましたら、
どうか、自分を否定しなくて良いこと
自分の評価は、他の誰かに委ねなくて良いこと
を知ってください。
そして、できるなら、
その環境から離れ、親子という概念に縛られずに、あなたらしく生きれる場所に移ってください。
怨みになる前に、
自分の人生を、自分で歩き出しましょう。
きっと、いつからでもやり直せると思います。