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新聞報道

昨日4月29日の朝刊に事件報道された記事

税務署職員が修正申告書を“勝手に”作成し提出 個人事業主を「説得できず」上司にバレないように…20代男性を減給処分

名古屋国税局によりますと、静岡県内の税務署に勤務する20代の男性職員は、去年10月、税務調査を受けていた個人事業主の名前や住所を勝手に書いて修正申告書をつくり、税務署に提出しました。
 個人事業主が修正申告に応じなかったということで、男性職員は聞き取りに対して「説得できなかった事実が上司に露見するのを恐れた」と話しています。
 名古屋国税局は28日付けで、この男性職員を減給10分の2、3か月の懲戒処分にしました。 名古屋国税局は「綱紀の厳正な保持について更なる徹底を図り、再発奉仕に努めて参る所存であります」とコメントしています。
 問題発覚後に、別の職員が改めて説明に訪れ個人事業主は修正申告したということです。
 
(上記記事の出所は「Yahoo!ニュース 国内トピックス」より抜粋)
 
記事に関するコメントも多数出ていますので一部を紹介します。
 

(Aさん)

若手がダメなら、中堅の先輩が同席するなりすればよいのに、 この税務署は若手の相談を受けたりフォローするきちんとした 環境ではないという事。
 その問題も同じぐらい大きい。
(Bさん)
悪いのは上司でしょうね。指導力不足のパワハラ体質が透けて見えるようです。別の署員が説得して修正申告が出たようですが税額を下げたのかどうかが興味深い。本来過少申告者には説明だけすればよく、説得など不要な社会が租税正義の上で望ましいと思いますが刑事裁判でもお分かりのように犯罪者に甘いこの国の司法制度の下では公平な課税などできないのが実情なのでしょう。税務署員は社会保障費や自衛官の方々の給料を含む国防費といった日本人が日本人として生存していけるための資金を自分の精神を削って集めているようにも思えます。この若い署員も税収なんてどうでもいいと思ったら書類の偽造をするほど自分を追い詰めなかっただろうと思うと少し可哀想とも思います。
 

国税の職場は相変わらず風通しが悪いらしい

 

修正申告書とは、提出した確定申告書に誤りがあり税額が不足していた場合に訂正して申告をし直す書類のこと。

修正申告書は税務署が収受することで公文書となります。

したがって申告書の偽造行為は公文書偽造罪ということになります。

 

罪を犯した税務職員が処分を受けるのは当然のことですが、より深い問題はその奥にあります。

つまり、コメントでも指摘されているとおり、職員のバックアップが全くできていなかったことがもっと大きな問題なのです。

 

この職員はおそらく上司から指令を受けた通りに納税者を説得しようとしたものの、理路整然と誰もが納得できる説明ができなかったのでしょう。

普通なら「上司の言う通り説得を試みましたがダメでした」と素直に報告し、何が問題だったのか上司を交えて検証する、というのが社会一般の慣行のはず。

それができなかったということは、「職員と上司の間に大きな壁がある」ということを意味しています。

周りにも相談できる人がいなかったのか、自分ひとりで悩み抜いた末に違法な手段に手を染めてしまったんですね。

職員と上司の間でもっと普段から会話を交わしていれば、また、他の職員との間でも明るい雰囲気で関係がスムーズであったなら、こうした事件は防げたのでしょう。

職員を取り巻く環境がギクシャクしているんだなぁ、と容易に想像がつきます。

 

私が現役であったころから、署長ほか幹部たちは常々言っていました。

「風通しの良い職場にしよう」と。

しかしそれは上司らが率先して部下に寄り添う気持ちがなければ机上の空論です。

逆の言い方をすれば、「部下に寄り添う気持ちがない者には上司たる資格がない」ということでもあります。

 

国税の職場に昇進試験はない

職場の風通しの悪さが今回の事件の背景にあると思うのですが、風通しが悪くなる要因に国税固有の問題もあると思っています。

そのひとつが国税の人事制度です。

国税の職場には社会一般にある昇進試験というものがありません。

自治体や企業では、一般的に、昇進に際して筆記試験や面接試験といったものを実施して職員らを評価していると思います。

しかし、国税にはそれがありません。

ではどうやって人事は昇進を決めているのか。

それは、ただひたすらに数字とコネだけです。

 

数字」というのは「追徴課税した税金の金額」のことで国税の隠語ではこれを「増差(ぞうさ」と呼んでいます。

追徴課税した所得金額を「増差所得」

追徴課税した税額を「増差税額」

と言ったりします。

増差をたくさん獲れる者がまず第一に昇進リストに選抜されるので、何よりも昇進を目指す人はそれこそ税金獲りに必死です。

誰も公には公言しませんが、税務署にもいわゆる「ノルマ」というものはあります。

具体的な目標値ではありませんが「暗黙のノルマみたいなもの」はあるのです。

例えば他署と比べて当署は〇%ぐらい増差が少ない、とか前年比どれほど少ない、とか。

なにかと他との比較を引き合いに出してはっぱをかけるわけです。

 

本当に自分の昇進のことしか考えていない人は、他の職員を蹴落としてでも自分の手柄を上げようとしますから自分の手の内は他人には見せず、逆に他人の手柄を何とかして自分のものにしようと画策したりすることもあります。

今はどうか知りませんが、かつてはそういう人たちもいました。

そうゆう人間が出世して部下を大切に育てられるのか、はなはだ疑問ではあります。

 

そしてもうひとつ「コネ」とはいわゆる「派閥」を意味しています。

行政も政治も同じ、ということでしょうか。

増差をたくさん獲った者が国税局への異動を打診され、国税局内で知り合った人脈を通して人と人の繋がり、つまり派閥が形成されてゆくのですが、自分とウマの合う先輩が上司となれば、その先輩が親しい後輩を優先的に人事で便宜を図る、といった具合に。

やはり国税局上層部のおエラさん方の「鶴の一声」には重みがありますからね。

人事にも圧を掛けられるくらいですから。

だから昇進したい人は皆、上層部の方のいいなりになるわけです。

 

しかし私が実際に人事課で人事評価の仕事に従事したわけではありませんから、国税局は「そんなことはない」と反論するでしょう。

ただ今まで書いてきたことは、自分が過去40年間の現役生活を振り返ってみて実感として感じることです。

つまり、血眼になって増差を追い続け、偉い幹部にはとことんへりくだって飼い馴らされた者たちが昇進して税務署へ幹部として異動し、部下を持って指導に当たっている。

まぁ、全部がそうゆう人とは言いませんが、多くはそんなところ。

幹部としての適性とか人間性とか、いったい誰がどうやって評定しているのやら謎だらけで未だに不思議でならないのも事実。

そんな偏った人材ばかりで構成されている国税組織がすぐに変わるなんてとても思えないし、

これからも同じような人事評価で人の人生を決めてゆくんだろうなぁ、と思うとすごく寂しい思いがします。

 

名古屋刑務所での刑務官による受刑者暴行事件にしても、ウィシュマ・サンダマリさんの名古屋入管死亡事件にしても「目の届かない場所での謀略」が多すぎる気がする。

これは日本人特有の気質なのでしょうか。

日本人として恥ずかしい限りであります。

 

それにしても今回の事件を起こした職員は自死しなくてよかった。

死んだら元も子もないからね。

 

日本中が「風通しの良い風土」になることを強く願って止みません。