アンドロゴス生涯学習研究所

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今日は2026年5月15日、金曜日です。

今回から、ホツマツタヱ6アヤの解説をはじめます。
今日は、そのPart1をやります。

このアヤは、「日の御上と、十二妃のアヤ」と云うタイトルが付いており、アマテルが「大日(おおひ)のヤマト」にミヤコを開いたところを描写しております。
それまで、ヒタカミに留学していたので、十二妃こそ、イサナギを中心とした幹部が選定しておりますが、二十一鈴のはじまりの頃なわけで、アマツヒツギの責任の重さを実感していたと思われます。
後世の人が「大日」を「ダイニチ」と読んでしまったのは漢字の日常化、仏教の流入によって、概念がゆがめられていることも考えられます。
アメ属の特徴として、300メートル内外の低山を神格化していることが多く、現在残っているフォークロアも、大日山(だいにちさん)に寺を伴っているかもしれません。
そもそも、大日如来(だいにちにょらい)はヒンディーのシバ神が、仏教の天部(てんぶ)に組み込まれてから、大中華を経由して流入したときの仏教的政治色を含んでいるはずです。

ここ、大日のヤマトをミヤコとするにあたり、野洲にあったヤスクニミヤ「野洲国宮」を引き払って移住したので、考古学的な「伊勢遺跡(いせいせき)」が運用中に、からっぽになった、という事実と完全に一致しております。
それくらい、生活物資を丸々全部引っ越して行ったのですね。


これは、伊勢遺跡(いせいせき)、イサナギがオモタルから受け継いだミヤコです。

この拠点記号の付近を拡大すると、神社があります。


これは皇大神社(こうたいじんじゃ)、エラっそうな名前が着いていますね。(ホントに偉いんだけど)
まあ、昔はこれが野洲国宮(やすくにのみや)だったんだろうけど。

2000年立ってもそこには神社があるのですね。(胸熱)


これはその皇大神社の鳥居です。


遺跡の規模からして、現代人が邪馬台国(やまたいこく)だ!と誤解するのも、無理は無いのですが、もとより、邪馬台国は中華大陸、それも遼東半島の付け根付近にあったと考えるのが妥当で(現代中華人はそう信じているようです)、日本列島内にその存在を探す努力がナンセンスなのです。

いずれにしても、この6アヤは純粋に、「日本的に」解釈しないといけないので、格別の注意が必要です。
現在、この「大日のヤマト」に隣接する地域に、大規模な道路遺構(つまり、「大路」)も発見されており、考古学的解明も期待されているのです。

●一行訳1

6-1 ヒのかみソフきさきのアや  ヒノカミソフキサキノアヤ 【ヒ〔日〕・ノ(生格)・カミ、上・ソ〔十〕フ〔二〕キサキ、妃・ノ(生格)・アヤ、綾、日の御上と、十二妃のアヤ】
6-1 フソヒすゝ モゝフソムゑだ フソヒスス モモフソムヱダ 【フ〔二〕ソ〔十〕ヒ〔一〕スス、鈴、二十一鈴】、【モ〔百〕モ〔々〕フ〔二〕ソ〔十〕ム〔六〕ヱダ、枝、百二十六枝】、
6-1 としさなと やよいついたち トシサナト ヤヨイツイタチ 【トシ、歳・サナト、辛酉の歳】、【ヤ、弥・ヨイ、生・ツイ、朔・タチ、日、弥生朔日】、
6-1 ヒのやまと にいみやつくり ヒノヤマト ニイミヤツクリ 【ヒ〔日〕・ノ(生格)・ヤマ、山・ト、麓、日の山の麓に】、【ニイ、新・ミヤ、宮・ツク、造・リ(分詞素)、新宮を造営して】、
6-2 アめみこハ ヒたかみよりぞ アメミコハ ヒタカミヨリゾ 【ア〔天〕メ、天・ミ(寧)、御・コ、子・ハ(属格)、日嗣の御子(アマテル)・は】、【ヒ〔日〕タカ、高・ミ、見・ヨ、自・リ(分詞素)・ゾ(強調)、(いよいよ)日・高・見・から・】、
6-2 うつります フたかみゑめお ウツリマス フタカミヱメオ 【ウツ、移・リ(分詞素)・マ、坐・ス(分詞素)、移られました】。【フ〔二〕タ(類)カミ、尊・ヱ、選・メ、女・オ(対格)、二尊は嫁選びを】、
6-2 みことのり かんみむすヒの ミコトノリ カンミムスヒノ 【ミ(寧)コト、言・ノ、宣・リ(分詞素)、宣言しました】。【カン、上・ミ、身・ムス、結・ヒ(分詞素)・ノ(生格)、カンミムスビである】、
6-2 ヤソきねが もろとはかりて ヤソキネガ モロトハカリテ 【ヤ〔八〕ソ〔十〕キネ、杵・ガ(主格)、ヤソキネが】、【モロ、諸・ト(並立)・ハカ、諮・リ(分詞素)・テ(造格)、諸守と諮って】、
6-3 くらきねの ますひめもちこ クラキネノ マスヒメモチコ 【クラ、蔵・キネ、杵・ノ(生格)、クラキネの】、【マ、坐・ス(分詞素)・ヒメ、媛・モチ、望・コ、子、長姫モチコを】、
6-3 ねのすけと そのとめはやこ ネノスケト ソノトメハヤコ 【ネ、北・ノ(生格)・スケ、典・ト(態)、北のスケ妃に】、【ソ、其・ノ(生格)・ト、弟・メ、女・ハヤ、速・コ、子、その妹ハヤコ】、
6-3 こますひめ ねのうちきさき コマスヒメ ネノウチキサキ 【コ、小・マ、坐・ス(分詞素)、ヒメ、姫、コマス姫を】、【ネ、北・ノ(生格)・ウチ、内・キサ、妃・キ(分詞素)、北のウチ妃に】、
6-3 ヤソきねの おゝみやみちこ ヤソキネノ オオミヤミチコ 【ヤ〔八〕ソ〔十〕キネ、杵・ノ(生格)、ヤソキネの】、【オオ、大・ミヤ、宮・ミ、満・チ(分詞素)・コ、子、本家のミチコを】、
6-4 きのすけに たなはたこたゑ キノスケニ タナハタコタヱ 【キ、東・ノ(生格)・スケ、典・ニ(与格)、東のスケ妃に】、【タナ、棚・ハタ、機・コ、小・タ、揺・ヱ(分詞素)・タナハタ姫であるコタヱを】、
6-4 きのうちめ さくらうちがめ キノウチメ サクラウチガメ 【キ、東・ノ(生格)・ウチ、内・メ、女、東のウチ妃に】、【サ、小・クラ、蔵・ウチ、内・ガ(主格)メ、サクラウチの娘】、
6-4 さくなたり せおりつ、ほのこ サクナタリ セオリツホノコ 【サ、佐・ク、久・ナ、奈・タ、度・リ、人、佐久奈度の門人の】、【セ、瀬・オ、降・リ(分詞素)・ツ、津・ホ、穂・ノ(生格)・コ、子、(淀川の瀬を降りた港の跡取り娘)セオリツ姫ホノコを】、
6-4 さのすけに わかひめはなこ サノスケニ ワカヒメハナコ 【サ、南・ノ(生格)・スケ、典・ニ(与格)、南のスケ妃に】、【ワカ、若・ヒメ、姫・ハナ、華・コ、子、若姫ハナコを】、
6-5 さのうちめ かなさきがめの サノウチメ カナサキガメノ 【サ、南・ノ(生格)・ウチ、内・メ、女、南のウチ妃に】、【カ、夏・ナ、名・サキ、幸・ガ(主格)・メ、女・ノ(生格)、カナサキの娘の】、
6-5 はやアきつ アきこハしほの ハヤアキツ アキコハシホノ 【ハヤ、速・ア、安・キ、芸・ツ、津、ハヤアキツ姫】、【ア、安・キ、芸・コ、子・ハ(属格)・シホ、潮・ノ(生格)、アキコはシホカマの】、
6-5 ヤモアいこ つのすけ、うちハ ヤモアイコ ツノスケウチハ 【ヤ〔八〕モ〔百〕・ア、相・イ(分詞素)・コ、子、未亡人です】。【ツ、西・ノ(生格)・スケ、典・ウチ、内・ハ、西のスケ妃、ウチ妃は】、


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●連続訳1
日の御上と、十二妃のアヤ
二十一鈴、百二十六枝、辛酉の歳、弥生朔日、日の山の麓に、新宮を造営して、日嗣の御子(アマテル)は、いよいよ日高見から、移られました。
二尊は嫁選びを、宣言しました。
カンミムスビである、ヤソキネが、諸守と諮って、クラキネの、長姫モチコを、北のスケ妃に、その妹ハヤコ、コマス姫を、北のウチ妃に、
ヤソキネの、本家のミチコを、東のスケ妃に、タナハタ姫であるコタヱを、東のウチ妃にサクラウチの娘、
佐久奈度の門人の、淀川の瀬を降りた港の跡取り娘、セオリツ媛ホノコを、南のスケ妃に、若姫ハナコを、南のウチ妃に、カナサキの娘の、ハヤアキツ姫、アキコはシホカマの、未亡人です。

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●解説1
「サクラウチガメ」の「ガ」は、(主格)と書いてありますが、辞書を修飾した結果は(生格)として作用します。
現在までに、それを判断する文法(つまり日本語アナリズロジーク)はまだ、作り出していませんので、そのままになっています。
これは、自動翻訳を完成するまでには、制定しなければならない規則なのです。
現在の判断では、主格「ガ」が → 生格「の」に修飾された、となっていますが、このままでは、「雰囲気」を持っている、と云うだけになってしまいます。
ここで、ホツマツタヱの記述は、記念的であり、時代の切片を表してはいないのです。
ハヤアキツヒメは、シホカマの妻でしたが、シホカマは老齢だったのか、早くに死んでしまったようで、ハタレの乱に際して、族(やから)の安寧のためにした縁組であり、アメ族は処女性(しょじょせい)などは、はなから問題にしていないのです。
このことからも窺える事実として、ミヤコの局というのは、雨亜族が提供した、女系のプロパティであった、と云うことになります。
単なる推測ですが、女系の御家というものは、中央に社交の場を用意しているのかもしれません。


●一行訳2

6-5 ヤモアいこ つのすけ、うちハ ヤモアイコ ツノスケウチハ 【ヤ〔八〕モ〔百〕・アイ、相・コ、子、未亡人です】。【ツ、西・ノ(生格)・スケ、典・ウチ、内・ハ(属格)、西のスケ妃、ウチ妃は】、
6-5 むなかたが おりはたおさこ ムナカタガ オリハタオサコ 【ム、胸・ナ、名・カタ、方・ガ(主格)、それぞれの御家の】、【オ、織・リ(分詞素)・ハタ、機・オサ、長・コ、子、織姫である長子】。
6-6 おしもめハ とよヒめアやこ オシモメハ トヨヒメアヤコ 【オ、小・シモ、下・メ、女・ハ(属格)、オシモ妃は】、【トヨ、豊・ヒ〔仁〕メ、媛・アヤ、綾・コ、子、トヨ媛アヤコ】、
6-6 かすやがめ いろのゑアさこ カスヤガメ イロノヱアサコ 【カス、糟・ヤ、谷・ガ(主格)メ、女、カスヤの娘の】、【イロ、色・ノ・ヱ、兄・ア〔敬〕サ、浅・コ、子、美人姉妹の姉姫、アサコは】、
6-6 さのおしも かだがあぢこハ サノオシモ カダガアヂコハ 【サ、南・ノ(生格)・オ、小・シモ、下、南のオシモ妃】。【カ、荷・ダ、田・ガ(主格)・アヂ、味・コ、子・ハ、荷田の娘のアヂコ妃は】、
6-6 ねのおしも つくばはやまが ネノオシモ ツクバハヤマガ 【ネ、北・ノ・オ、小・シモ、下、北のオシモ妃】。【ツク、筑・バ、波・ハ、端・ヤマ、山・ガ(主格)、筑波の端の山住の】、
6-7 そがヒめハ きのおしもぞと ソガヒメハ キノオシモゾト 【ソ、蘇・ガ、我・ヒ〔仁〕メ、媛・ハ(属格)、ソガ媛は】、【キ、東・ノ(生格)・オ、小・シモ、下・ゾ(強調)・ト(接続格)、東のオシモ妃なのです】。
6-7 つきによせ みこハアまヒの ツキニヨセ ミコハアマヒノ 【ツキ、月・ニ(与格)・ヨ、寄・セ(分詞素)、月番で寄せ】、【ミ(寧)、御・コ、子・ハ(属格)・ア〔敬〕マ、雨・ヒ〔日〕・ノ(生格)、御子(アマテル)は雨亜族の日の】、
6-7 くらゐのる ヒのやまのなも クラヰノル ヒノヤマノナモ 【クラヰ、位・ノ、宣・ル(分詞素)、位を取ったことを宣言します】。【ヒ〔日〕・ノ(生格)・ヤマ、山・ノ(生格)・ナ、名・モ(例示)、日の山の名も】、
6-7 おゝやまぞ かれおゝやまと オオヤマゾ カレオオヤマト 【オオ、大・ヤマ、山・ゾ(強調)、大山です】。【カ、彼・レ(分詞素)・オオ、大・ヤ、家・マ、間・ト、人、それ故、大山の麓のアメ族の本家なのです】、
6-8 ヒたかみの やすくにのみや ヒタカミノ ヤスクニノミヤ 【ヒ〔日〕タ、直・カミ、上・ノ(生格)、すぐ北の】、【ヤ、野、ス、洲・クニ、国・ノ(生格)・ミヤ、野洲国の宮(現栗東市伊勢遺跡)を引き払って】、
6-8 きつさねの つほねハかわり キツサネノ ツホネハカハリ 【キ、東・ツ、西・サ、南・ネ、北・ノ(生格)、東西南北の】、【ツホネ、局・ハ(属格)・カハ、替・リ(分詞素)、(新たに)局は替わって】、
6-8 みやつかゑ そのなかヒトり ミヤツカヱ ソノナカヒトリ 【ミヤ、宮・ツカ、仕・ヱ(分詞素)、(大日の)ミヤに仕えます】。【ソ、其・ノ(生格)・ナカ、中・ヒ〔一〕ト〔独〕リ、人、その中にひとり】、
6-8 すなおなる せおりつヒめの スナオナル セオリツヒメノ 【ス、素・ナオ、直・ナ、也・ル(分詞素)、素直な】、【セ、瀬・オ、降・リ(分詞素)・ツ、津・ヒ〔仁〕メ、媛・ノ(生格)、セオリツヒメの】、
6-9 みやびにハ きみもきさはし ミヤビニハ キミモキサハシ 【ミ、身・ヤ、雅・ビ(分詞)・ニ(与格)・ハ(属格)、心根(の優しさ)には】、【キミ、君・モ(例示)・キサ、階・ハシ、段、キミも階段を】、
6-9 ふみおりて アまさかるヒに フミオリテ アマサカルヒニ 【フ、踏・ミ(分詞素)・オ、降・リ(分詞素)・テ(造格)、踏み降りるほどでした】。【ア〔敬〕マ、雨・サカ、下・ル(分詞素)・ヒ〔日〕・ニ(与格)、雨亜族の御家を・へり下る日(アマテル)に】、
6-9 むかつヒめ ついにいれます ムカツヒメ ツイニイレマス 【ム、向・カ(分詞素)・ツ(生格)・ヒ〔仁〕メ、媛、ムカツ媛を】、【ツイ、終・ニ(与格)・イ、入・レ(使役)・マ、坐・ス(分詞素)、とうとう入れて】、
6-9 うちみやに かなやまヒこが ウチミヤニ カナヤマヒコガ 【ウチ、内・ミヤ、宮・ニ(与格)、皇后としました】。【カ、夏・ナ、名・ヤマ、山・ヒ〔仁〕コ、彦・ガ(主格)・夏の一族を引く山住の裔の】、
6-10 うりふヒめ ながこおすけに ウリフヒメ ナガコオスケニ 【ウリ、瓜・フ、生・ヒ〔仁〕メ、媛、ウリフ媛(閏姫)の】、【ナ、名・ガ(生格)コ、子・オ(対格)・スケ、典・ニ(与格)、ナガコをスケ妃として(補充して)】、
6-10 そなゑしむ みなはたおりて ソナヱシム ミナハタオリテ 【ソナ、備・ヱ(分詞素)・シ(使役)・ム(不完了)、(セオリツヒメの抜けた後に)備えさせます】。【ミナ、皆・ハタ、機・オ、織・リ(分詞素)・テ(態)、皆機織りをして】、
6-10 みさほたつ これおこよみの ミサホタツ コレオコヨミノ 【ミ、身・サ、小・ホ、穂・タ、立・ツ(分詞素)、身分保障(きぬを綴るのが宮内の仕事)を立てます】。【コレ、是・オ(対格)・コヨミ、暦・ノ(生格)、これを暦になぞらえて】、
6-10 うりふつき おとつきよみハ ウリフツキ オトツキヨミハ 【ウリ、閏・フ(分詞素)・ツキ、月、閏月にあてました】。【オ、弟・ト、人・ツキ、月・ヨ、読・ミ(分詞素)・ハ(属格)、弟のツキヨミは】、


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●連続訳2
西のスケ妃、ウチ妃は、それぞれの御家の、織姫である長子。
オシモ妃は、トヨ媛アヤコ、カスヤの娘の、美人姉妹の姉姫、アサコは、南のオシモ妃。
荷田の娘のアヂコ妃は、北のオシモ妃。
筑波の端の山住の、ソガ媛は、東のオシモ妃なのです。
月番で寄せ、御子(アマテル)は雨亜族の日の、位を取ったことを宣言します。
日の山の名も、大山です。
それ故、大山の麓のアメ族の本家なので、すぐ北の、野洲国の宮(現栗東市伊勢遺跡)を引き払って、東西南北、新たに局は替わって、大日のミヤに仕えます。
その中にひとり、素直な、セオリツヒメの、心根の優しさには、キミも階段を、踏み降りるほどでした。
雨亜族の御家を・へり下る日(アマテル)は、ムカツ媛を、とうとう入れて、皇后としました。
夏の一族を引く山住の裔の、ウリフ媛(閏姫)の、ナガコをスケ妃として補充して、セオリツヒメの抜けた後に備えさせます。
皆機織りをして、身分保障を立てます。
これを暦になぞらえて、閏月にあてました。

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●解説2

セオリツヒメの名は記紀には登場しませんが、「セ、瀬・オ、降・リ(分詞素)・ツ、津・ヒ〔仁〕メ、媛・ノ(生格)、セオリツヒメの」と云う記述からも、淀川の流れを下ったところの港を御家とした媛(ひめ)であることが良く判ります。

そして、そのすぐ川下では「大日のヤマト」があるのです。


ここは「大日のヤマト」、アマテルのミヤコです。


これは現代の「神立(かんだち)」のバス停ですが、すぐ横に「神立神社跡(かんだちじんじゃあと)」と云う石碑が立っています。
フツー、神社が移転した跡地に石碑建てたり、しないですよね。(よっぽどすごい神社だったのでしょうか)

さらに、下ったところに、佐久奈度神社があります。


これは佐久奈度神社(さくなどじんじゃ)、佐久奈度人(さくなたり)の一門の本拠地です。




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