この記事は、2001年11月に書いたものです。
その6 痛み
驚いたときとか日本語では
"うわっ!" "あっ!"
となるけど、スペイン語では
"あい!"。
これは私の中でグループ化されてプログラミングされてしまったらしく、日本語とかスペイン語に関係なくどっちかの小さな叫びが出るけど、本当に感情が頂点に達したときは日本語が出るということがよくわかりました。
激痛とともに
"痛あーーー"
と日本語で叫んでいた。叫んだあともう一度スペイン語で
"メ ドゥエレ(痛い)"
とさきほどより控えめに叫びなおすと
"ちょっと痛みますけどがまんしてね、リラックス、リラックス"。
さらに激痛
"うわーーーーーーーーー"
嘘つきー 今さっき痛くないって言ったばっかりじゃないかー みんなでグルになってアンドレアをだましたな!まさに白衣の天使って感じのベテランっぽいさっきまで優しかったきれいな看護婦さんも
"緊張するともっと痛くなりますよ!"
と鬼のようなお言葉!涙がこぼれそう。泣いてもキャンディも風船ももらえないし、もっと怒られそうなのでぐっと我慢。私の愛するだんなさまを部屋から追い出したのはこんなに痛いのに痛くないと嘘をついたのがばれたら困るからだったんだな。
私の性格上、痛いなら初めから痛いと言ってほしかった。心の準備ってものがあるじゃない。
いや、百歩ゆずって痛いことは言わないまでも嘘をついてまで痛くないとは言ってほしくなかったよ。
このへんが、最悪の状況をいちおう考えてからことに望む日本人の私としては、痛いだけでも十分なのに、痛くないって言ってたのに痛いことでびっくりさせられた上、その後もしかしたら痛いのは私がとってもどっかが悪いからなのかという不安にまで陥るという、精神的にかなり追い詰められた状態にさせられる。
ペルー人は痛いですよって最初に言われたら逃げちゃうのかな。そういえば、日本人のベテランのお医者さんでさえ、不治の病の場合宣告してほしいと言っていたくせに、それじゃあと宣告されたら屋上から飛び降りて自殺しちゃったって話も聞いたので、人間ほんとに自分の危機を感じたらどういう行動にでるのかわかりませんが・・・。
検査が終わって検査着から自分の服に着替え終わると検査医の口笛先生はもういなくて、看護婦さんももとの白衣の天使に戻っていて後片付けをしていて、レントゲン技師の人も
"結果がいつでるか受付で聞いてから帰ってくださいねー。"
と私の身に起きた激痛、グルになってみんなで嘘をついたことなどが嘘のように、まるで何事もなかったような空気が流れていた。
診察室を出たら愛するだんなさまが心配顔で待っていました。顔を見て泣いては、転んだときに親がいないと知ると泣くのを保留にし、親をみつけたとたんに泣き出す子どもといっしょなので、いちおうものすごく痛かったんだけどがまんして偉かった自分をPRし、ロスキータとマニドゥルセの他に本日はもう一品買ってもらうことで同意し、なんとか泣くのは我慢。
翌週、おとなしくて優しい御姉さんという感じの、やはり日系人のウエハラ先生のところに検査結果を持って診察してもらいに行くと、
"あの検査、ちょっと不愉快だったでしょ"。
"不愉快どころかものすごーーーーーーーーーーーーーく痛かったですー!"。
先生爆笑。ウエハラ先生、信じていたのにおまえまでグルだったとは、ペルー人はやっぱり嘘つきだぞ!!!
嘘も方便とは言うけれど、方便の方向と具合がちょっとアンドレアとは違います。
まだまだペルーでの修行が足りないようだ。
続く