Andreaのペルー通信パート2 -4ページ目

Andreaのペルー通信パート2

リマでアロマテラピーサロンをしております。大好きなペルーの現実を日本に伝えます。コメント大歓迎ですが、ネットエチケット上不適切なものは、承認しませんのでご了承ください。

いつも聴いているサルサのラジオから、なんだか懐かしい曲。それもサルサでは無い曲が・・・。  おおっ! ご無沙汰! パキート・デ・リベラではないですか!! このミュージシャンは、大学ジャス研時代に仲間内で流行っていました。私が20年ぶりくらいに聴くのでそれでご無沙汰と言っているだけです・・・
 
なぜ、サルサチャンネルでこの曲?と思ったら、今日はこのラジオ曲はグラミー賞ラテン部門特集の模様・・・。納得。 さて、お次は ルベンブラデス!!



そして、ペルーからは我らがジャンマルコ。




そしてエヴァアヨン。フォルクローレ部門で受賞です。


最近は娘たちとよくフェステホを踊っています。
 
10年ほど前にこの踊りは習っていましたが、それ以前からやってみたかったカホン(ここで使われている箱のような打楽器)もやっと最近習い始めました。先生は黒っぽい音楽全般のダンサー&カホンも叩くという全身がリズムの塊みたいな方。
パーカッションは、踊りながら叩ける・・・というか、踊っているステップの一部を叩いて表現するんだな、という音階のある楽器とまた違った面白さがあることを発見!
踊った時だけが発散できた感、全身の体液がぜんとっかえされたような高揚感があったのですが、打楽器の満足感もそれに近づけるのかな? ますます楽しくなってきました。

余談ですが、このカホンを楽器屋さんに買いに行った時に、大人になってからずっと日本で生活、帰ってきて半年というペルー人の若者に遭遇。彼は、その日の朝
 ”誰かと日本語が話したい!”
とフェイスブックに書いたら、午後私たちに出会ったそうです。
音楽の話は尽きず、今やとても良い友達の1人であります。彼はPA屋さんなのですが、ギターを弾き歌を歌うミュージシャンでもあります。ギター&歌+カホンという組合わせは最少単位のユニットで、よくクリオージャでもおみかけします。そのうちいっしょに演ろうよ!と言われているので目標は大きくもち、頑張ります。
この若き友人、先日パパになりました。28歳の若いお父さん、頑張れ!君のお母さんと同じくらいの歳だけど、私もカホン頑張るよ!!

ペルーでは沢山の人が仕事場にお弁当を持って行く習慣があり、年齢的にもサイズ的にも大の男がお弁当バックを下げて通勤している姿もよくみられ、ほほえましいです。

今ペルーはちょっとした日本食ブーム。

が、しかし・・・

お寿司と刺身しか知らない、・・・それも現地のものは我々の言うところのお寿司とはずいぶん違うお味。

現地の日系人の沖縄料理=日本料理と思いこんでいる。

ワンタン、シュウマイ、チャーハン・・・・いえそれは中華料理です。中国=日本と思いこんでいる。

オタク文化から、マンガでラーメン、カレーライスだけを知っている。


・・・そんなペルーです。

いわゆる私たちが毎日いただくお惣菜のようなものの知名度は、大変低いです。

ペルー料理はレストランでも家でもわりと同じようなものをいただくので、家庭料理の意識があまりないのかもしれません。


私の卒業したアロマテラピーの学校の校長先生は、助産婦でもあり、妊娠・出産、母子関係の健康問題のプロ。
私も授乳期に、毎日お出汁をとり、煮物と納豆、ご飯だけを食べ続けていたせいか、2人の子どもたちも煮物は汁までごくごく、こんぶもちょうだい!ともりもり食べます。そういえば歯がためにこんぶをしゃぶらせていた時期もありました。

毎日幼稚園に持たせている日本スタイルのお弁当、おにぎり、卵焼きも、子どもにとっては自慢のひとつ。

そんなことで、ちょっと多めにお惣菜を作った時に知人におすそ分けしたりしているうちに、

 

 お弁当作ってくれない?

 お弁当作ってるんだって?私にも分けて!

 日本のお弁当食べたい!


と、口コミでお問い合わせいただくようになりました。


Andreaのペルー通信パート2



もちろんプロではないので、あくまでも我が家で食べている物を量を多めに作っているだけなのですが、初めて食べたペルー人の方にもヘルシーだ!と好評。


我が家のお手伝いさんはお料理好き。ずっと日本人駐在員家庭で働いていたので、下ごしらえも完璧。

歴代の日本人家庭からきちんとした指導を受けているので、私が注意しなければいけないことはほとんどなく、有難い存在。いつも大人しく、どこにいるのかわからないほど。 ”はい、奥様”としか言わず、今までのお手伝いさんとは大違い。そんな大人しい彼女が、

”奥様、いくつでも注文を受けましょう。商売は最初が肝心ですから断ってはだめです!
 私がお手伝いいたします!”
”この鶏肉は小さいです。今度は○○○と言って買ってきてください!”
”お客様、何て言ってましたか?”
”主菜は、○○○もやってみませんか?”

と、自分の意見を思いっきり言ってきて、やる気まんまん!

Andreaのペルー通信パート2


家庭のキッチンでやっているので、作れる量は限らていますが、食べてくれる人が美味しいといってくれるというのが何よりの喜びなので、注文してくれた人を思い浮かべてお料理しています。

そのうちに気づいたのですが、アロマテラピーとも似ているところあり。

終わったときのクライアントの笑顔、健康になる、ご満足いただく、リピートしてくださる・・・

これが提供する側の喜び。


社会に出てから約20年。
アパレルの企画、秘書、日本語教師、その他サービス業・・・いろいろな仕事をしてきましたが、楽しかった仕事の共通点は、大勢へではなく、顔の見える相手への個別のサービス。上手くいかなかったのは、マニュアル通りにしなければならない仕事・・・そんなことに気づきました。


悪い気をもらいやすい、ストーカーからなみに好かれてしまったり、逆にあらぬ攻撃されたりすることもあり・・・というのは、この仕事の素養に関わることだからなのか、我々セラピスト共通のリスクです。そのリスク管理や自分のストレス管理も大切なところです。

新しく出会ったセラピストとちょうどそんな話をしたり、食や運動など広い意味での健康に気をつけている方々と、ここのところお話しすることも多く、再認識したこと、新しく発見したことなどもり、リマも春になり温かくなったせいか、私も心身ともに久しぶりにとても快調です。ペルーに慣れるにつれ、体系も現地なみに成長していたのが、ここ2カ月ほどで元の体重に戻ったのも体調の良い大きな要素かもしれません。



最近、2人の旧友が大病に苦しんでいます。心の病から復活している人もいます。
そして復活できずに少し前に天国に逝ってしまった人もいます。


 心が塞ぎすぎると良くないよね

 いっぱい大変だけど
 生きてゆこうね!


と言ったたのは、そんな重い病気と闘っているとはずっと知らずにいた友達。

彼はとても美しく優しいメロディを奏でる演奏家。聴くと誰でも気持ちが明るくなります。


心も身体も健康であることは本当に大切です。



ご縁があって出会った方々、そして自分の健康のためにも、アロマテラピーもお弁当もやっていきます。


そして今日は日系文化ウィーク の一環で、県人会ブースが出展したお弁当・食べ物フェア!
朝から大行列が・・・! 私たちものぞきに行ってきます。

Andreaのペルー通信パート2


Andreaのペルー通信パート2

子どもたちの幼稚園の有志で集まり、ハロウィンパーティーをしました。

圧巻!言うこと無し!ここには入りきらないくらい、思い思いの格好をした子どもたちがいます。


以前通っていた幼稚園では、人種的な差別や区別をひしひしと感じることもままありましたが、

現在の日系(・・・といっても日本系ではなく、日系人系です)の幼稚園では、そういったことは無し。

私は唯一の日本人で、最初はちょっと遠巻きに見られてる感じもありましたが、入りたければwelcome、そうでなければべつにそのまま、ということで今や大変居心地の良い空間です。


イベント好き、幹事好きの複数のご父兄が、いつも遠足やパーティー、幼稚園とは関係なくプライベートでいろいろな企画をしてくれて、とても楽しく過ごしています。


日本では文化祭やイベント、特に子どもがらみのものや、ママ友ノリが大の苦手で、休日は休みたい!と、昔のお父さんのようなことを言っていた私ですが、こちらはとにかく楽しみ方もラテン系!


証拠はこちら ↓


Andreaのペルー通信パート2

白雪姫と魔女さえも仲良し!



仕事の合間に子どものハロウインパーティーが3つ、ハロウインとはまったく関係の無い大人のパーティーがひとつ。そして月曜を置いて今日火曜は祭日。久しぶりに出ずっぱりの少々お疲れ気味の週末だったので、家でのんびり過ごしておりましたが、今度は怒涛のごとくみなさまからの写真シェア!


やっぱりリマは、ペルーは楽しいぞ!



日本でもバス停や公園などでおばあちゃまたちと挨拶をしたり、お話ししたりすることはありますが、都会ではあまりしませんよね。


ここペルー、リマでは、知らない人とでも 特におばあちゃま、おじいちゃまたちとは、こんばんは、おはようございます、とご挨拶します。最近、日本同様都会ではその習慣も少しづつなくなってきていますが、私はそういうのは好き&子どもたちにも挨拶の習慣をつけたいので、続けています。


こちらには沢山の日系人の方がいらっしゃるのですが 、街やスーパーで日系の方とお会いした時は必ず日本語でご挨拶するようにしています。海外にいると初めて自分たちの人種を再認識します。私の住むマンションは、日系の会社のマンションなので、沢山の日系の方が住んでいます。日系人はつながりが濃いのと、学校が限られているので、親せき・同級生、とたどっていくとどこか必ずつながっています。


日本で外国人ファミリーは目立つように、私たち家族もこちらでは目立つ存在です。

今日エレベーターで、いっしょになった奥さん。彼女はペルー人で、ご主人は日系人。子どもたちは家のすぐ近くの日系人の多いカトリックの学校に通っています。

以前に私の日本語クラスのことでちらっとお話ししたことがありましたが、

 ”お嬢さんたち元気?”

と聞いてくれたことから、学校の話、彼らも日本に住んでいて帰国時には学校のことで苦労した話などになり、その後私の日本語クラスの話から、仕事の話になり、アロマテラピーの話まで。

気がついたら15分くらいお話ししていました。

”お友達にも知らせるから、ちらしとかあったら頂戴!お話しできて楽しかったわー”

と言ってくれました。


私はPORTICO に行くところだったのですが、なんだかとっても優しい気持ちになり、バスに乗りました。

最初に乗った後ろの席から前の席に変わると、通路をはさんで隣の席の奥様が、私を凝視(死語でなければいわゆるガン見)。横を向いてみたら、以前3カ月だけここの前に住んでいたマンション でごいっしょだった奥様!

”元気?お嬢ちゃんたちは、もうスペイン語話せるようになった?”

”まあ、奥様、お久しぶりです!”

またまた偶然の嬉しい出会いです。奥様が降りるまで20分くらい話に花が咲きました。

仕事の話になり、アロマテラピーのことをお話しすると

”近くになったら知らせてよ!”

年末にはまた、彼女のいらっしゃるマンションの近くに引っ越し予定。

場所に惚れて立つ前に購入したマンションです。

現在のマンション の日系のおばあちゃまや、緊急で留守番もお願いしたことのある奥様、

ペルー人年配ご夫婦のお隣さん・・・

”引っ越さないで、ずっとここに居なさいよ”

と言ってくれます。嬉しいことですね。


日本にいるときにはご近所の騒音でノイローゼ気味になった嫌な思い出もありますが、ご近所様とのご縁も異なものですね、方角もあるのかな。ご近所とのご縁、あらためて大切にしようと思いました。


日系校に通う子どもたちですが、保護者の人種は、日本人、日系人(100%から1/4、1/8といろいろ)、ペルー人(と一言では言えないくらいいろいろな人種のミックスですが)。

私はいわゆる”ママ友”のノリというのは大の苦手ですが、子どものことをきっかけに、いろいろ話が広がり、お友達になり・・・というパターンが最近増えています。


今日お会いした新旧ご近所様も、学校の保護者の方々も、どこかで日本や日本人に対して友好的なことは間違いないので会話が続き、親交も続いているのだと思いますが、お互いの(国の)習慣にリスペクトしながら交流を続けていけるというのは素敵なことですね。

 


Andreaのペルー通信パート2     ← 私の アロマテラピーサロン@リマ です。 
2人の幼稚園児を連れて、母1人で車無しで旅行。 

こんな状況、でも今しか行けない・・・となったらお子さんのいらっしゃるお母様方、行きますか?


大人が何人いようとも、子供にとってはとにかく道中が短いことがポイントと、日本の保育園時代のお友達は、電車の長旅よりは飛行機で時間カットを選び旅行している方もいました。

まずトイレ休憩がとれない、大泣きしたら降りなければいけない・・・などを考えて、私も日本では指定券のいらない特急で、日帰りも可能な範囲の海辺のホテルに滞在、これが限度でした。


さて、2人の幼稚園児を連れて、母1人で車無しで、外国で、行ったことの無いところへ旅行。

子どもたちの春休みに勇気を出して行ってきました。リマからバスで4時間の旅。

ペルーは基本的に交通手段はバスか車。
長距離バスのターミナルまでは家から車で約30分。そしてそのターミナルは治安の悪いところにあります。


Andreaのペルー通信パート2 イメージ映像、拝借


治安が悪いと一口でいいますが、ペルーに限らず外国では、泥棒、強盗、強姦、麻薬常習者、重度の酔っ払いの人がいる、などわかりやすいもののほかに、パスポート盗難→売買、誘拐→臓器売買など、あげればきりがありません。


なので、夜出てバスで寝て行く・・・という選択肢は無し。

朝、通勤・通学ラッシュの終わった時間に出発することに決めました。

ま、その前に朝食、トイレにも行かせなければいけない、お皿も洗って、ゴミも全部捨てて・・・けっこう大変です。


さて、ペルー人女性が一般的にやっていることですが、付き添いは女性、男性、複数、交通手段はバス、流しのタクシー、知り合いのタクシー・・・と、時間帯、地域によってどのようにして行くかが変わります。男性もこれに慣れているので、わりと気軽に付き添いを頼めるし、例えば帰りの方向が違っても、バスに乗るまでバス停でいっしょに待っていてくれたりするのは普通です。


さて、今回のような治安の悪い地域には、男性の付き添いは必須。男性がついているだけで、いっきに安全度があがります。おまけに大きな荷物と子ども2人。今回の付き添いは仕事の相棒JCL

バスターミナルは表側は大通りに面しているもののの、一方通行を避けて一本入ったあたりをタクシーでちょっとぐるぐるすることになると、かなりディープな方々と道からは悪臭が・・・JCL

 ”怖いね、ついてきてよかったね・・・”

とは言っているものの、いや、私より君の方が怖がってるでしょ・・・

日本に出稼ぎに長く行っていたペルー人の場合、大人になってからリマに住んだ年数は私の方が長く、時々立場が逆転することが・・・。


ペルーでは外国人は外国人登録証、ペルー人もIDカードを必ず取得、携帯していないといけません。今年から大人だけではなく、子どもにもそれが義務づけられました。娘たちは二重国籍なので、ペルー人のIDカードを持っています。バスの切符を買おうとしたら、子どものIDカード無しでは切符は売れない、法律○○条により義務付けられていると確かにおふれが貼ってあります・・・。

もちろん家にIDカードを取りに行くつもりなどなく、策を講じている私の横で、JCL

 ”彼女は外国人ですから”  ← よけいなことを言うなー!!

窓口の女性 

 ”さらに問題になります”   ← そう来ると思ってたからね。
窓口の中にいる年配の女性と、外で私の横に立っている黒人系の女の子。さて、どっちを落とすか。ターゲットは後者に定め、冗談&喋り集中攻撃で行こう!と決めました。

 ”見て見てー この子(長女)! 私にそっくりでしょー 知らない人が見ても私の子どもよねー”

笑いが起きる、つかみはOK!日本では電車の中で、女子高生に まじ、受けるう~ と言われたほど似ています。授乳期は同じ顔がお乳を吸っているのには、なんだか違和感を覚えたものです。

 ”で、次はこの子(次女)見て! そう、私にはあんまり似てないよねー でも娘たち2人見てよ! 
  そっくりでしょ。不思議よねー。よく双子って聞かれるのよねー 双子に見える?”


 ”彼女はバランカまでしか行かない、近いですよね”  ←JCL、加勢になってないって。お願い黙ってて。終点はバランカなんだよ。TURISMO BARRANCA って名前でしょ、バスの会社は!


 ”4人で行くんですか?”


 ”いえいえ、彼はお父さんでも何でも無いんで、付き添いですから” ←お願い、相手にしないで


 ”もう一回見て、ほら、そっくりでしょー 私たち。どっから見てもお・や・こ♡ 
  誘拐とは誰も思わないよねー ね ね”


 ”じゃ、もういいから乗ってください。中でお金もらうから。

  その代わり、検札の入る停留所では隠れててくださいね。知らせますから。”


やったー Andreaの勝利!この女の子は車掌さんでした。そして、本当に次のバスターミナルで彼女から

 ”早く降りて、隠れて!”

と言われ、いっしょにトイレに行き隠れ、

 ”忘れて行っちゃったりしないでよお!”

と、彼女にお願いし、彼女の合図とともにまたバスに乗り、無事にバランカという郊外の街に着いたのでした。



隠れて!と子どもに言ってるときは、まるでメキシコ国境からアメリカに逃げる映画のヒロインの気分でしたが、そのあとは乗ってきた売り子のおばちゃんから

 ”あんた、バランカに住んでんの? 子どもは何歳?”

と、パンを買ったついでに、しばらくお喋りしたり、だんだん都心から郊外に移り変わっていく街の景色や、海、草原の景色を楽しんだりして無事に着きました。


バランカには日本人のお友達が2人住んでいます。

ご家族みんなに歓迎していただき、とっても楽しい2泊3日でした。

お察しの方、もちろんパティシエCHIKAKOさんの店頭には無いお菓子もご馳走になりましたよ!!

Andreaのペルー通信パート2 Andreaのペルー通信パート2


街も人も温かい感じで、私はとっても気にいりました。

Andreaのペルー通信パート2


バランカからさらに車で1時間ほど行った山の方へも連れて行っていただきました。



空気が違う。空の色が違う。夕焼け、一番星、夜空の星、とっても綺麗でした。


Andreaのペルー通信パート2


残念ながら子どもつきだったので、クンビアの女王マリソル のライブにも、サルサも踊れるカラオケにも、夜遊びには出かけられませんでしたが、夜はのんびりおうちで明け方まで久しぶりに日本語でのガールズトークを楽しみました。


夏休みにはバランカの海に来よう!と、心に決め、帰りはIDチェックも無く、途中でサンルーフの窓が風で飛ぶ!という事件と、寝た子どもを抱っこしていて腰が痛くなった・・・ということ以外は、昼寝をしながら余裕の到着。迎えも不要。ターミナルの中で待っていたバランカ出身の人の良いタクシーの運転手さんと、無事にリマに戻りました。


次はどこに旅行に行こうかな?夢はふくらみます。

この旅で、一歩成長した母と娘でした。


ペルーのお友達、自然、みんな、ありがとう。