スペッテカーカ!杏です。
例によって例のごとく時候のあいさつなどは抜きに、
書きたいことだけ書きます。
さっきふと思い出したことを。
高校生のころ、友人と
「(セサミストリートのキャラクターの)アーニーとバートと
ウッチャンナンチャンは似てる」
という話で意気投合したことがあって。
それまで誰に話しても
両方のコンビのビジュアルがすぐに出てこないか、
そうかな~苦笑 みたいな社交辞令の返事しか
もらえたことがなかったのに
「アーニーとバートってさぁ、ウッチャn 」
くらいのタイミングで
「わかる、似てる」
って言われて大興奮した。友人も常々思っていたらしい。笑
※ピンとこないであろう方のために公式さんからお借りした画像をば。
アーニー↓
バート↓
…ウッチャンナンチャンは…通じるって信じてる…。
で、その友人とは
そのピンポイントすぎる通じ合いにひとしきり笑ったあと、
よくよく話してみると、
私は
アーニー → ウッチャン(内村光良)
バート → ナンチャン(南原清隆)
に似てると思ってたのだけれど、
友人は逆だと思っていることが判明。
まさかの衝撃第2波。
はじめは笑いながら「うそでしょ、逆だよね!?」みたいなやりとりをしていたが、
あまりのカルチャーショックに、
そのころまだギラギラにトガッてた(美化表現)
JK時代の私は
気づかないうちにすごい勢いで
〝アーニー南原説″を超絶否定していたようで。
ふだんから怒ったり不機嫌になることがほぼゼロ
(これスゴイと思う。尊敬している)の友人が
「自分と考えが違うからって、そんなに否定することないでしょ。
さすがに嫌な気持ちになるよ」
と、本気モードで言ってくれたんですね。
高校生くらいの年頃って、よくないなと思ってても
友達に面と向かって「よくないよ」って言えなくないですか?
なんなら、大人になっても相手の人格を否定せずに、
気まずくならずに伝えるのってなかなか難しい。
もちろん、アーニー内村説過激派の私のあまりの否定っぷりに
さすがにムッとしたんだとは思うのだけれど。
でもそこで〝相手にダメージを与えるため″の言葉じゃなくて
〝私は傷ついた、それはよくない言動だと思う″というのを
シンプルに伝える言葉を選んでくれたのがすごいなと思って、
ああ、この友人を大切にしよう
とトガッたJKながらに素直に感じたのでした。
ちなみにその友人というのは、
オジラジオを一緒にやってるれんげなんですけども。
(たぶん本人は覚えてないだろな。
そういう〝人としてまっとうなこと″を当たり前にできる人なので)
相手の人格を否定しようとしたり
ダメージを与えようとしている言葉かどうかって、伝わるよなと。
自分にとってのあたりまえが、みんなのあたりまえじゃないこと、
全然理解できないことであったとしても
それぞれに理由、事情があって考えた、感じた結果なんだろうと
想像すること、
意見が合わなくても否定せずに
受け入れること(同調する必要はない)、
忘れないようにしたいと思います。
「えっ!?」って感じるスイッチが入ると
忘れそうになりがちだけれど、そのたびに私を助けてくれる
大切なエピソードのひとつです。
何かきっかけがあったわけじゃないけど、
ふと思い出したので書き留めてみた。
ちなみに、そのあとちゃんとごめんなさいしました。
(えったぶん…したよね…)
なんでこんなことで真剣になってんだろうねとまた笑ったのでした。
(どうしよう…美化してたら…不安になってきた…)
昔から、まわりの人たちの人間力に大層助けられている。
追記:
セサミストリートはそもそも多様性とか、
そういう面を大切にしている番組ではあるけれど、
公式さんのキャラ紹介↓を読んでみたら、
アーニーとバートはとくになんだか今回の話に通ずる設定であった。
リベラルアーチく生きたいものです。(コテンラジオ愛聴中)


