メイクを楽しもうとするなら、先ずは、自分を知ることから。
知るとは、鏡の使いかたを工夫して、360度の自分を観ること。
そうすることで、客観的な自分を知ることができますね。
メイクそのものは、自分次第なのですが、その根底にある美意識が、美的な素養を育むことで、その仕上がりを、より以上のものにするのですから、丁寧な考え方をすることも心がけたいものですね。
メイクを楽しもうとするなら、先ずは、自分を知ることから。
知るとは、鏡の使いかたを工夫して、360度の自分を観ること。
そうすることで、客観的な自分を知ることができますね。
メイクそのものは、自分次第なのですが、その根底にある美意識が、美的な素養を育むことで、その仕上がりを、より以上のものにするのですから、丁寧な考え方をすることも心がけたいものですね。
眉を作る必要はない場合がありますが、その人は、少ないかも。
骨格や、人種的骨格などなどで、先天性ということですね。
ですから、誰もがそうなるわけではないですが、それに近い人の場合は、親に感謝するということですね。
というわけで、生まれつきの場合でない場合には、手を加えることで、自分の為の眉というもののありかたを求めることはありますね。
その場合は、できるだけ、オリジナルの眉を大切にしてもらいたいなと。
キレ イに描き過ぎの人が多いので、少しだけ心配。
眉だけがキレイ過ぎのメイクは、逆に不気味。
その人のセンスだから、文句も言えないので、黙っている。
自然に見えるのがいいとは思いますが、それを強制したりはできはしない。
ナチュラルな感じのメイクがいいのは、そこから先はどのようにでも展開できますから。
ただし、ナチュラルな感じのっていうことを残したいのなら、それ以上は手を加えないこと。
自分の持っている素というものを、生かすことがナチュラルメイクの基なのですが、自分の持っている素というものを知らなければですから。
メイクを、自分の変身の道具として考え るのであれば、そのことに問題があるんですね。
変身する必要は無いのですから、自分を高めることが目的になるとおもうんですね。
メイクの隠し持っている魔物は、人の欲を呼び覚ますこともあるんですね。
メイクを正しく使うのなら、それは、いじるのではなく、ままに任せるくらいの感性が必要かもしれませんね。
眉頭、眉山、眉尻と、それぞれの意味が有り、そこをどう扱うのかで、眉の演出の結果が問われますね。
それに意思を持ってどう表現するのかが、その人のセンスですから、そこを観ると、その人のメイクの完成度が判るということなんですね。
眉が、どの様に生えていて、それにどう対応してるのかで、結果が大きく変わることは知っていて欲しいことの一つですね。
夏用メイクをしなければならない。 と、神経質になるほどのものでもないと思いますネ。
自分のペースでできることをすればいいだけの話しなのではないかと。
汗で落ちるから。などと、心配し過ぎはどうかとおもいますけどね。
落ちる時は、なにをしても落ちますからね。
落ちたら、直せばいいだけのはなしですよね。
いつもそうなんですが、面倒がらずにやるだけなのに、先に防御することではないのではないかと。
いじらなくても、ほんの少しだけの演出で、美眉ってできます 。
それは、ピンポイントのコントロールのことなんです。
何本かのコントロールで、そうできるのはビックリではありますが。
メイクをする。と、メイクをするのではなく、肩の力を抜いたメイクができるようになるといいですね。 そうすると、それぞれのパーツの個性が見えてくるものなんですね。
その結果が、メイクの自然さにつながるんですね。
何年経っても変わらない人。
そういった人に共通することの一つに、自然な眉がありますね。
勿論、多少の手は入れてはいますが。
全体の容姿や、話し方などなどとともに眉もですからね。
まあ、そういう見方をするのもどうかとおもいますけどね。
メイクとの付き合い方ってありますよね。
自分の気持ちを楽しませる。
そのためには、いろんなアイテムを揃えることが必要がありますね。
そして、それは、キリがなくなってしまいますね。
問題はそこです。
最低限度必要なモノがあればいいのにです。 更には、購入したものの使えない。
などなど。
なんにでも言えるんですが、揃えたがりシンドロームということです。
それはそれでいいとは思いますが、モノ依存になってはいけない。