眉の持つ表情のありかたは、さもさもしいものではなく、自然のそれなので、メイクが持つ魔法とは相いれないものかもしれません。
自然さという中に、自分が持っているままの眉を生かしてこそ。という思いをもっているのは私だけなのでしょうか?? 否。 決してそうではないことを祈ります。
眉の持つ表情のありかたは、さもさもしいものではなく、自然のそれなので、メイクが持つ魔法とは相いれないものかもしれません。
自然さという中に、自分が持っているままの眉を生かしてこそ。という思いをもっているのは私だけなのでしょうか?? 否。 決してそうではないことを祈ります。
眉のメイクでの役割を改めて確認できましたね。
勿論役者さんの世界の話なんですが。
私は、普通にナチュラルな感じのっていうメイクをお勧めしていますが、そういった特殊なものを否定している訳ではないんです。
特に、結婚式に出席する場合などはそうですね。
花が祝いになるように、出席する人は花の一つですから。
そんな時は、自分の持てる技を駆使していいのでは。
そのように、特殊なというものは、非日常的ですから、ある意味では、何でもあり。なのですね。
そういった心の問題にまで口を挟むつもりはないんです。
ですが、そうかなと思える人をみて、改めて学んだことは、自己管理の難しさですね。
いかに客観的に観ることが大切か。
しかし、自分で自分を観ることの難しさですね。
できれば、オブザーバーの存在がともおもいますが、そう都合よく傍にはいませんしね。
自分を信じて、まんまの自分を出せれば最高。
人が何と言おうと。 的な演出っていうのも有り。
そう、意識せざるを得ない時以外は、素の自分が一番。と、思えればいいですね。
普段から、そういった為の努力をしているのなら。
キレイということへの努力とは、努力している。と、思ってやらなければ意味がないんです。そこそこでいいんだけど。なんていう中途半端はありませんからね。
何気にとか、知らないうちにとか、そういうことって、意図したものではないという風にきこえはしますが、だとしたら、キレイに手は届かないことになります。
キレイへの手続きは、意図した努力の結果ですから。
ある意味、常に演出っていう気持ちは持っていることが必要なんですね。
その概念に、考え方や、行動をも組み入れてみるといい。
自己演出ということですね。
そうすれば、なにをどうすればいいのかが判る。
単に、お顔にモノを塗るということではないということが理解できれば。
そう、心が添えられているかいないか。
楽しむためには、そのくらいまでを考慮してもいいんじゃないかなと。
程度の差こそあれ、今や世界中、メイクをしない人は少ない。
まあ、それが自然の流れだと思はなくはないのですが、私は、ノーメイクも有りだと考えますね。
モノを一切使わずとも、自分の持っているものだけでも充分に表現出来るのに。
メイクというものの考え方が、熟成されていれば、その意味を表現出来ると思っています。
人生、決して急激な変化などは起きるものではありませんが、普段の生活の中の何気ない一つ一つにはなにかが隠れているかもしれません。
自分自身のマインドコントロールは、下心あってのものではないのですが、将来の夢があるのなら、その為のものであっていいのではないかと。
眉の持つ表情で表情がつくられるのですが、それだけでなく、お顔のふっくら感なども、そう、演出しますから、いろんな意味での効果を考えられることが大切ですね。
キレイと感じるという眉が有る反面で、過ぎて感じないという点があるということを知っておかなければです。
そこには、きっと付加価値が存在すると思います。
例えば、仕事で、接客をしているなど。
紋切り型でセリフを並べ立てている場合。
そこに、わずかでも笑顔を加えたりした場合。
受ける側は、その笑顔が、ある場合などは、そちらの行為をキレイと感じる。
この場合のキレイは、ビジュアルではなく、心地よさだと。