鏡シリーズ最終話 | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 「パパン、ママンがお兄ちゃんと栗拾いに行っちゃった。だからパパンが髪を梳いて。」6歳の娘、エバは、ミシェルの膝にちょこんと座り、女の子らしく長い髪を両手で背中にふんわりと流した。ミシェルに手渡されたのは、可愛らしい子供用の櫛。

 「ようし、わかった。ちょっと待ってろ、エバ。」ミシェルは妻の鏡台の引き出しを開けて、奥にしまってある小さくて平べったい木の箱を取り出すと、蓋を開けて小さな鏡を取り出した。
 「うわあ、可愛い。これ、ママンのなの?私今まで見たことなかったわ。」エバが目をくりくりさせてミシェルを見た。
「う~ん・・・。なんていうかな。パパンとママンのもの・・・だな。昔ね、パパンとママンはあるお屋敷で働いていた。その時にある人にもらったんだ。」
 ミシェルはその小さな手鏡を見ながら、ふくよかで、しっかりものの老女の顔を思い浮かべた。そして、その向こうには、
穏やかな黒い瞳と黒い髪、長身の男を懐かしく思い出していた・・・。
「エバには・・・好きな男の子はいる?」
「いない!私はパパンが一番好きなの。その次がお兄ちゃんかな。」
「そうか、ありがとう。」ミシェルはエバをふんわりと抱きしめた。「実はね、エバ。この鏡にはちょっぴりお話があるんだ。少しその話をしていいかな?」
「うん!聞かせてきかせて!」エバはミシェルの膝の上で両足をブランブランさせながら微笑んだ。


ベルサイユのジャルジェ家の使用人部屋が並ぶ通路の突き当り。一番広いその部屋の寝台にマロンは寝ていた。他の部屋で、使用人たちはみんな、彼女のために神に祈っていた。せめてもう少し老女に健やかな日々を、美味しい食べ物を食べれる元気を差し上げて下さい・・・と。
 でも、みんなわかっていた。彼女にはもうすぐ天使のお迎えが来ることを。ジャルジェ夫人もまた、自室でマロンのために祈りを捧げていた。

 アンドレが死に、オスカルが後を追うように亡くなったのち、マロンもまた寝込むことが多くなった。そして不思議な事にその頃から屋敷の馬丁であるミシェルを枕元に呼び寄せることが多くなった。
 

 ミシェルはアンドレと同い年で幼馴染だった。金髪で切れ長の瞳の彼は、アンドレと違って多少乱暴な口もきくが、とても心暖かい少年だった。小さな頃、アンドレをさそっては、木に登って林檎をとったりしてマロンにしょっちゅう尻をたたかれていた。大人になったミシェルは侍女の中でも人気の甘い顔立ちになり、アンドレと共にパリへ繰り出しては大いに破目をはずしていた。

 アンドレが死んで、彼の形見である軍服のボタンを渡されたミシェルは、馬小屋に駆け込み大声で泣いていた・・・とマロンは聞かされた。アンドレお前、いい友達を持ったんだね・・・とマロンは天国のアンドレに話しかけた。そして彼女もまた、涙を流した。

 それからほどなくして、マロンは寝込む時間が長くなった。侍女でミシェルの妻となったマノンがシーツを交換に来た時、「ミシェルを呼んでおくれよ、マノン。アンドレの話を聞きたいんだよ。」とマロンは彼女にたのんだ。マノンはハッとした。もう、長くはありません・・・お医者さまからそう聞かされていた彼女は急いで夫を呼びに行った。
 それからというもの、ミシェルは仕事の合間や寝る前、この一人ぼっちの老女の傍らにいき、アンドレとの昔話をなるべく明るく話した。そんな時は、マロンの顔がぱあっと明るくなり「ウフフ。」と笑ってくれていた。

そんな時間は長くは続かなかった。

少しずつ、少しずつ、マロンの頭の中で、アンドレとミシェルが混ざり合うようになってきた。

「アンドレ、今日は忙しかったかい?ところでオスカル様はちゃんと召し上がっているかい?」
「ばあさん、何言っているんだ。俺はミシェルだ。アンドレはもう・・・。」
最初、ミシェルはそう言っていたが、目に涙をいっぱい溜めたマノンが彼の腕をとって、頭を左右に振った。
 

ミシェルはだんだん、マロンの言葉に合わせるようになった。

そんな日々が一月も続いたある日。秋が深まり、庭の栗の木が美味しそうな身を固いイガの中でゆっくりと熟成させている頃。

「マロン・グラッセさんは・・・明日の朝まででしょう・・・。」ラソンヌ医師が声を震わせて部屋を出ていった。

苦しい息の中、マロンは「アンドレを、アンドレを呼んできておくれよ。」と女中頭のネリッサに頼んだ。

ミシェルは馬小屋にいたが、知らせを受けてマロンの部屋に駆けつけた。

寝台の脇に跪き、彼は言った。「俺だ。俺だよ、アンドレだよ。ばあちゃん、喉は乾いてないか?」
「大丈夫さ、お前。それよりもオスカル様がお呼びなんだろう?そこの、引き出しを開けておくれ。」

ミシェルは言われた通りに引き出しを開けると、平たい木の箱があり、その中には小さな手鏡が入っていた。

「アンドレ、今夜オスカル様の所へ行くのだろう?それを貸してあげるから、ちゃんと身だしなみをしておゆき。」
「ああ・・・ああ、わかったよ、おばあちゃん。」
「まったく・・・お前は本当に果報者だよお。あんなに綺麗で心のお美しいオスカル様に心をかけていただいてね。何にも持たないお前だ・・・その鏡をもっておくんだよ。私からの贈り物だ。」

そう言うと、マロンの瞳は楽しそうに、幸せそうに窓の外を見た。あたかも孫の幸せな生活を目の当たりしているように。

そして、つぶやいた。「今までありがとう、アンドレ。オスカル様を大事にしておくれ。」

「おい・・・!」ミシェルは叫んだ。「しっかりしろ!ばあさん。俺はミシェルだ、アンドレじゃねえ。」
残酷な事実かもしれない。でも、もしかしてショック療法になってマロンは持ち直すんじゃないか、とミシェルは真実を告げたのだが。

 マロンは安らかに、旅立っていった。

かつて、この老女の孫の死に涙したミシェルは、今度は彼女の死に涙した。


チュンチュン、と窓の外で丸々と太った雀がエサを食んでいる。ミシェルの膝の上でミルクを飲みながら、エバは父親の話を聞いていた。

「その時の手鏡がこれだ。そのおばあちゃんは最期までパパンを自分の孫だと思って天国に行ってしまったんだ。パパンは・・・嘘つきだったのかな?」
「ううん、そう思わないわ。」エバは首をブンブンと振った。「パパンはいいことをしたんだと思うの。だってマロンおばあちゃんは、嬉しかったんでしょう?」
「うん・・・うん。」ミシェルは鼻の奥がツン・・となった。
「きっとね。大好きな人をうつした鏡だもん。大好きなパパンに持っていて欲しかったんだと思うの。」

ミシェルは、エバを抱きしめた。

おしまい



ミシェルは私の一押しのオリキャラです♡