「えっと…明日から1週間の仕事だって?エリザ。」
よく手入れの行き届いた中古車を運転しながら、アンドレは勤め先のオーナーと電話で話をしていた。
アンドレ・グランデイエ。ハウス・キーパー派出所で現在貴重な男性戦力として引っ張りだこである。
もともとは商社マンだった彼がある理由で退職、現在の仕事に就いてから、「やたらと・・・若い女性のお客が増えたわね・・・。」と所長のエリザは苦笑いを隠せない。
仕事は家事全般。どちらかと言えば老夫婦、あるいは連れ合いを亡くした老人の家の仕事が主だが、長身でバカ力のアンドレは、重宝がられた。まだまだ男性スタッフが少ない事と、南仏系の黒い髪と黒い瞳の彼に、依頼する仕事以上に彼に興味を持つ女性が多い。
「今度は派出所を通さないでお願いしたいわ。」
「ねえ、お茶でも飲んでいって。」などと彼に直接囁く客は多く、アンドレはなるべく、老人世帯の仕事を受けるようにしていた。
別に…女に興味が無いわけじゃないさ。ただ面倒はいやだ。前の仕事でも、仕事と引き換えに艶っぽい付き合いを要求してくる女社長がどれだけいたことか。
「で…お客の情報を知りたいんだけど。老人夫婦?それともおばあちゃん?おじいちゃん?」
「え・・・と、それがね。30そこそこの女性よ。仕事が忙しくって、部屋中散らかってて、彼女のお姉さまが見るに見かねて依頼してきたってわけ。大丈夫よね、アンドレ?」
30そこそこ・・・・独身女性・・・・・ま、いっか。
「1週間だね?また随分と短期集中だね。オッケー。丁度1週間は、ぽっかりと空いてるから。」
「じゃあ、先方に連絡しておくわね。とにかくお家で仕事している人だから、何時でもいいみたいだから
明日行ってみて。それとアンドレ?」
「何だい?エリザ?」
「くれぐれも食べられないようにね~。さっきもあなたご指名でいつものお客様が。」電話の奥でエリザがくすくすと笑っている。
「おいおい。派出所を何だと思ってるのかな、まったく。」
コンビニの駐車場に車を止めて、エリザから送信されてきた客先のデータを読む。
依頼者: ジョセフィーヌ=アルフォンス
顧客名:オスカル・フランソワ。依頼者との関係:姉妹
住所:パリ〇区○○○通り。メゾン・フローラル
備考:訪問先の顧客の仕事は翻訳業。その世界では丁寧な仕事で有名。多忙を極めているので
家事全般を希望。
30過ぎの女性翻訳家か・・・。アンドレは、ショートカットで眼鏡使用、男性的な女性をイメージした。仕事はバリバリ。女性が活躍の場で仕事しているような俺なんかは男だと思わんだろう。
今回は心配はないな・・・・と。コンビニで買ったコーヒーを飲みながら、あれこれとスケジュールを立てた。
次の日の午前中。
派出所で支給されているエプロン、掃除道具、業務用の洗剤等を車に積んで、エリザから送られた
顧客の住むアパルトマンへ向かった。
「あの、こんにちわ。私ライジングサン派出所からやってまいりました、アンドレ・グランデイエと
いいます。」とアンドレがドアの前で自己紹介をすると、5分くらいして女性の声が聞こえてきた。
低くて柔らかな、訳もなく馴染みのある声・・・不思議だな。
アンドレは思った。
「あ…今開けますね。ごめんなさい、昨日まで何も聞いてなくて。だらしのない私のために、姉が
お節介を焼いてくれたみたいね。」
そう言いながらドアを開けてくれたのは、豊かな金髪を一つに縛った女だった。シンプルな白いシャツにブルージーンズだが飾らない華やかさがある。
予想していた感じの女性とはかけ離れていたため、アンドレはポカンとした。
化粧っ気のない色白の顔。知的な瞳は海のように蒼いブルー。
それがアンドレとオスカルの最初の出会いだった。
今年最初の投稿です。実は去年放映された「私の家政夫なぎささん」のドラマがとても暖かく素敵なドラマで、その設定をかなり意識して書いています。「パクリじゃね?」って思われる方もいらっしゃると思いますのであらかじめ,書いておきますね。本当に素敵なドラマでした。原作通りのハッピーエンドをめざしていますが、嫌な人はスルーしてね。