第1章
クリスマスを数日後に控えたある日、オスカルはパリ巡回に同行したいと言い張った。
「何故?今日は俺とアランが行くというのは予め決めたローテーションで決まっている。お前まで
行く必要はないよ。」
俺は心配なんだ。こんなことを言う時のオスカルの勘は当たる。そして彼女自信が必ず傷つく。
「もうすぐ年の瀬だ。冬将軍はすぐそこまで来ている。お願いだアンドレ。何か嫌な予感がするのだ。」
「お前が・・・お前にはどうしようもない事だろう?」
オスカルを止められる訳がない、そう思っても俺は精一杯抵抗を試みる。
でも。
結局のところオスカルは、俺達と共にパリの警らに出かけた。そして、
老人が、ボロ布のような服にくるまって、道端で縮こまっている様を。
石の様に固くなったパンを、小さな兄弟が分け合っている様を。
家族のためにかっぱらいをして、逃げ惑う可愛い顔の少女を、俺達は目にした。
こんな情景は、何もここだけの話ではない。むしろ過酷な国民の貧窮には全く目を向けず、暖かな部屋でぬくぬくと暮らし恋のアバンチュールに身をやつす貴族の方が圧倒的多数だ。オスカルが貴族の令嬢としてそのような人生を送っていたとしてもそれは仕方が無い事だったと思う。むしろその方が、1女性としてオスカルは幸せだったかもしれない。そんな女性を俺が愛したかどうかは別として、だ。
でも、オスカルはあまりに聡明で、勇敢で、愛に溢れた女性だった。大貴族でありながら、力弱い人間が苦しんでいる姿に涙を流す。だからこそ、こんな時期のパリに連れてきたくなかったんだ、お前を。
以前は「無駄遣いをしないように。」と金を持ち歩かないようにしていたオスカルが、パリ巡回の時に限ってコインを何枚も持ち歩いている。「私は無力だな。自分の愚かさだってわかってるよ。」
そう言いながらオスカルは今日も、道端で震えている老人や子供にコインを無理やり握らせていた。
捕まりそうになっていた少女を保護し、相手の店の主人には商品の代金を払ってやった。
こんな日のオスカルは口数少なく、寂しそうな表情でベルサイユに戻る。時々空を見上げ、フウッ
と息を吐きその後俯くのだ。そんな彼女の心の内がわかりすぎて、俺は切ない。
「隊長、今日の所はこれくらいで帰りましょうや。さほど良くもないですが、これと言って事件もおきてやしません。」ぶっきらぼうに見えて、絶妙なタイミングで助け舟を出してくれるアランの言葉に俺は今まで何度となく助けられた。感謝しているよ、アラン。
屋敷に戻ってからも、オスカルは何か思い詰めた様な顔をしている。そんなお前だからこそ、
俺は愛してしまったのだがな・・・・・何とかしないと。
そうだ。俺は彼女にある提案をすることにした。
「オスカル、俺達が小さな頃使っていたものやもう着られなくなった服など、教会に寄付しにいかないか。クリスマスまでにはまだ間がある。」
憂いばかりを秘めていた彼女の瞳に一筋の光がさした。
「それは…いい考えだな!私達の判断で、手放してもいいものは寄付しよう。次の休みは・・・3日後だね。じゃあ今夜から品定めといこうか。」
方針が決まった後のオスカルに明るさが戻った。よかった。
今夜は旦那様と奥様はお帰りが遅い。俺とオスカルはかつての「秘密基地」へと赴いた。
秘密基地・・・・それは屋根裏部屋にある小さな部屋。幼い頃より帯剣貴族の跡取りとして厳格な教育と訓練がルーティンワークとなっていたオスカルと、厳格なおばあちゃんの元で実直で控えめな使用人たれとしつけられてきた俺が時々ガス抜きしたいと思っていたタイミングは不思議なくらいに一致していた。そんな時は二人して時間を決め、オスカルは装丁が綺麗な本を、俺は紐を輪にしたおもちゃや、手作りのすごろくをもって・・・時々こっそりと侍女が持たせてくれたビスケットをもって秘密基地へと向かうのだった。そこで過ごす「子供らしい」一時は俺達二人に明日へのパワーをくれた。
そのうち、二人の定番おもちゃや宝物と称するお気に入りをそこにこっそりと置くようになっていた。
でも月日は流れ、秘密基地を利用する日々はだんだんとその間隔があくようになり、やがては俺達がかつて使っていた子供の頃の服や靴、読まなくなってしまった絵本、すでに嫁がれたオスカルの姉様達の雑貨や美しい妖精の絵が描かれたカードなどが丁寧に保管されるようになっていた。
納戸とはいえ、丁寧に空気の入れ替えもされている秘密基地の天窓からは月の光が見える。
「ふふっ。なつかしいなこの部屋。アラビアンナイトに出てくるお宝もかくやと思うくらい、いいものがたくさんありそうだ。」
「そうだな~。冷え込んでくる前に、品定めをしてしまおう。」
俺達は幾つかの箱に丁寧にしまわれている本や服、アクセサリーを鑑定し、手元に置きたいもの、
寄付してもいいものを分けていった。そこそこの品数がそろい、手元に置くべきものを箱に戻す作業をしていた時、オスカルは「あ…」と声を発した。手には小さくて綺麗なサファイアのクラバット留めが握られている。「あ…そのクラバット留め。」俺も思わず声をだしてしまった。
「宝探しゲーム!!」二人同時に声を発してしまい、笑ってしまった。
そうだ思い出したよ。オスカルが持ってきた絵本の中に出てくる「カリブの海賊」が面白くて、お互いにとっておきの宝物を秘密基地に隠そう、って言ったっけ。俺の宝物は・・・たしかあそこに。
アンドレはしまおうとしていた本の数冊をめくってみた。「あったよ、俺のお宝。」
「ああ、そうだお前の銀のクロス。なつかしい。」本の間から出てきた俺のクロスをオスカルはとても嬉しそうに優しく撫でた。
「今だから聞いていいか?アンドレ。」
「ん?なにをだい?」
「小さい頃のお前はとても器用で、ナイフ一つで木のおもちゃやドングリで動物なんかを作っていただろ?そんなお前が宝物って言って私に見せてくれたのがこの銀のクロスだった。それが何か・・・
とても違和感があったのだ。お前にしてはとても重厚でね。あ、勘違いしないでくれ。お前にふさわしくなかったという意味ではないんだが。」
「ああ、それはね。」俺はあの頃を思い出しながら彼女の問いに答えた。
「幼いながらに俺は、自分なんかが到底知ることもなかった美しいお屋敷に引き取られてこざっぱりとした服も着せてもらえていることに感謝と、少し負い目を感じていた。そんな屋敷のお嬢さまと宝物を隠そうっていう事になって子供なりに考えたんだ。俺の命の次に大事なクロスをお宝にしようって。
そのクロスはね、俺の母の形見なんだ。結婚する時に父に貰ったものなんだ。」
「そんな…大事なものを?何故だ?」オスカルは目を大きく見開いた。
「何故って?う・・・ん、そうだね。あの頃のオスカルと過ごす時間そのものが俺にとって宝物でした・・・
というのではおかしいかな?」もう、これ以上言わせないでくれよな、オスカル。
照れくさいよ。
「アンドレのバカ。お母様から受け継いだクロスを、秘密基地に長い間・・・。お前を守ってくれる綺麗なクロスなのに・・・。」オスカルの声が少し涙声になっている。
もう・・・・。言わないとダメか?オスカル。
「だって俺にとっての宝物が、お前になってしまったから。」俺はもう、照れくさくて天窓から射し込む光を見上げた。そしてなんというかおあつらえ向きに、かつて大広間で使っていた古いラブチェアーがあったのでそこに腰掛けた。
「おいで。もう少しだけここにいよう。ここから月がよく見える。」
いいのかな、こんな余裕の誘いを俺はお屋敷のお嬢さまにしてしまって。
何だか泣き笑いの表情のオスカルは、俺の隣に腰掛けた。
おっと。オスカルお前も少しは発展家さんになってくれたかな?それはそれで少し嬉しいけど。
「少しだけ、腕枕を。」そう言ってオスカルは俺の左腕を自分の首の方へ導くと腕の上に豊かな金髪をフワリとのせた。「お前の宝物・・・なんだろ?私は。」
そうして、オスカルは俺の腕を枕にそうっと目を閉じた。
「アンドレ・・・・。」
「ん・・・?なんだ、オスカル?」
「秘密基地に連れてきてくれて、ありがとう。」
「どういたしまして。俺も嬉しかった。すごく懐かしい。」
「それと・・・。これからこの国にはきっと嵐がくるだろう。私が嵐の前に晒されるとき、お前は支えていてくれるか?」
「たとえ地獄の果てまでだって、お前と共に。」
オスカルはまた、安堵の表情で目を閉じた。
第2章
「…・大丈夫か・・・・?」
「大丈夫だ。正直実感はないのだけれど。」
俺は、やや丈高になってしまっている植え込みの影でオスカルの体を支えていた。
先ほど、衛兵隊隊長であるオスカルの元へ届けられた伝令は1週間後のパリ出動の知らせだった。
確かに・・・いつ火を噴いても可笑しくない最近の社会情勢である。でも心のどこかに「まだ大丈夫さ。」という楽観的な結末を信じる心があったのだ。それは冷静で常に客観的な考え方を持つオスカルにしても同じだったのではないだろうか。伝令の兵士が帰っていった後、俺を呼んだオスカルは俺の左目を案じ、「お前は屋敷に残れ。」と俺に言った。
バカだなあ。お前の本心などお見通しだよ、オスカル?
お前の精一杯の強がりなんか、俺には何の効き目もないんだぜ?
俺はお前と一緒にパリに行く、と言ったらお前の表情がほうっとしていたこと、俺はわかっていたさ。それでもまだ、お前の動揺がひしひしと伝わってくるんだ。
だから。
俺はとっても場違いで、不謹慎とも取れるような提案を彼女にしてしまった。
「オスカル、今夜久しぶりに俺達の秘密基地へ行ってみようか。」
一瞬・・・鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたオスカルだったが、俺流のピンチの脱出方法を理解してくれたんだよな。フフっと子供みたいな笑みを浮かべてコクンとお前は頷いてくれた。
晩餐が終わって、俺達は屋根裏部屋の「秘密基地」で落ち合った。
7月の夜はまだ明るく、天窓から見える月が明るい。
またお前たちかい?って月に冷やかされているみたいだ。
以前、二人でここを訪れたクリスマスの頃と同じくちょっぴり子供時代を想い出させてくれる
古臭さがこの部屋には残されている。 嬉しいよ、この変わらない空気。
俺とオスカルは、あの時と同じように古いラブチェアーに腰掛けながら何をするでもなく寄り添っていた。幼馴染から長い時間を経て恋人同士になったつもりなのだが、この秘密基地ではあの頃の親友同士みたいな信頼関係から先の「デイープな」関係に進むことが何となく照れくさいんだ。
オスカルも同じだと思う。
でも、他愛もない話をしながら二人寄り添っていること数十分くらいかな?オスカルがふと、懐から取り出したものを見て俺は驚いた。だって、俺も同じことをしようとしていたから。
オスカルはサファイアブルーのクラバット留めを。
俺はお袋からもらった銀のクロスを。
お互いに差し出していたんだ。自分の分身として持っていてね、と。
あ~あ。どこまでも同じことを考える俺達だよな。そして。
愛しているよ。子供の頃から過ごしていた神聖な場所だからこそ、ここで誓おう。-
「秘密基地」のラブチェアで、二人はお互いの宝物を身に付けた。
アンドレはオスカルの首に銀のクロスを。
オスカルはアンドレのクラバットにサファイアのクラバット留めを。
そして二人は、誓いのキスを交わした。
FIN
フォロワー様の本当に素敵な提案を頂き、小説を書かせていただきました。「二人の幼い頃の
秘密基地で、オスカルにアンドレの腕枕で・・・。」と言うリクエスト、これでよかったですか?
文章力の限界で、こんなお話になってしまいましたが、少しでも楽しんでいただければとても嬉しいです。皆様素敵なクリスマスを送ってくださいませ。下の絵は、ずいぶん以前に描いた「秘密基地」
というショート・ショートの1場面です。