金曜の夜、二人は散歩をしていた。冬の空に月が生まれたての真珠のように輝いている。
パリの冬の始まりは寒い。オスカルはフードのついた黒いマントを、アンドレはちょいとこじゃれた
クラシックな黒いコートをストンと羽織っている。コートの下は何とタキシード姿。実は二人とも、
共通の友人のバチェラー・パーテイに招かれ、「せめて今日は、現実離れしたゴージャスな装いで」
というムチャぶりなリクエストを受けていた。
シャンパンに続いて、今年のボジョレーヌーボー、花婿の父親の秘蔵のワインまでこっそりと持ち出し、宴会は大成功。本来なら野郎ばかりのバチェラー・パーテイ―であるはずだが、そこはなんでもあり。花嫁と友人も呼ぼう、という流れになり、パーテイ―のフィナーレは新郎新婦の濃厚なキスでお開きになった。
「寒くない?」オスカルを気遣うアンドレ。
「ぜ~んぜん。思いがけず美味しいお酒と二人のラブラブっぷりにホカホカしてる。」
「ごめんよ。最初は野郎ばっかりのパーティーのはずだったんだ。アランの奴、『華がねえ~。』
とか言い出して、新婦や女友達まで呼び出しちまった。」
「うふふ。本当は嬉しかった。彼女としてアンドレに呼ばれて。それにバリバリ体育会系のアランの奥さんがどんな人かなって興味あったし。とても可愛い人だね。よかった。」
そう言いながらも、クシュン、とくしゃみをしたオスカルをアンドレは自分に強く抱き寄せた。
その彼の強引さと温もりにオスカルの心臓はトクントクンと鼓動する。
「綺麗な・・・・月だね。」オスカルは火照っている頬を見られたくなくて、月を見上げた。
「アンドレ知ってる?シャネルNo.5のテレビコマーシャル。素敵なの。」
「シャネル?あの香水の?」
「そう。今年のシャネルのミューズはマリオン・コティヤールなの。月の世界で、恋人とダンスをするの。リードされるのではなくて、むしろマリオンが彼をリードしてる。彼女がね、『男性も女性も同等にダンスをして人生の喜びも平等に分かち合い、そんな姿が理想』なのですって。」
「それが、オスカルの理想でもある?」
「そう!パートナーと一緒に助け合い、笑いあって生きていきたい。」
月は艶めかしい真珠の色を増し、夜の闇を柔らかく照らしている。
「それでは俺のマリオン・コティヤール。月夜の晩にダンスを申し込んでも?」
一瞬、大きく目を見開いたオスカルはシャネルのミューズのような笑みを彼に向けた。
「もちろん。素敵な夜に感謝!踊りましょう。」
「メルシ。」
二人は近くにあるベンチにコートを置くと、向かい合った。
長身のアンドレのタキシード姿と。
長身で細身のオスカルのドレスは彼女のブロンドと同じ色のロングドレス。そこに細い金糸で薔薇の刺繍が施されている。
二人は月の光を浴びながら、顔を見合わせた。そして軽やかにダイナミックに舞い始めた。
「寒くない?」
「全然。実はシャネルの映像を見て以来・・・・あなたと踊りたかった。綺麗な月夜の晩に。」
アンドレはオスカルの腰に手をあてながら、彼女に囁いた。
「俺は・・・オスカルと一緒に共に人生を分かち合いたい。喜びも悲しみも。」
青い瞳が大きく開いた。そして…彼女のしなやかな腕が、彼の首におずおずと回された。
「こういう返事って、じらさなくてはいけない?」
「い~や!平等を愛する君ならばこそ、今すぐに返事が欲しい。」
「それなら・・・もちろんouiだわ。」
ダンスがフィナーレを迎えると、二人の唇は一つに重なった。
月の光に照らされた二人は、まるで月世界のような地に一つの影を落とした。
凍てつく夜の寒さも柔らかく感じるだろう、恋人達には。
現在放映中のシャネルNo.5のプロモーションビデオが素敵です。マリオン・コティヤールの凛とした美しさがオスカルとリンクしてしまい、様々な妄想が生まれてしまいました。文中に書いたマリオンの
想いは言葉は異なりますが本人の願望だそうです。失礼とは思いながら、プロモーションビデオを何回も再生させていただきながら書きました。イラストはpixivのほうにも。