コスモスに守られて。 | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

「も~、い~かい?」勝手口の壁に顔を向けたまま、料理番の息子ロデイが声をあげると、

「も~い~よ!」と元気な声が複数返ってきた。そして声の主たちはクモの子を散らすように、屋敷の庭へとめいめい走り去り、彼等にとって手ごろな場所に隠れるのだった。

 

ここはジャルジェ家の庭。遊んでいるのはお屋敷の使用人達の子供達・・・その中にはアンドレも含まれる・・・それとジャルジェ家の跡取り娘、オスカル=フランソワ。

「オスカルこっち。僕から離れないで。」オスカルの手を握り、8歳のアンドレはジャルジェ夫人が手塩にかけて育てている美しい花壇から離れたところへと、隠れ場所をさがした。

 

オスカルは・・・何だかとっても嬉しそうだ。

アンドレがお屋敷に来る前、オスカルは「お屋敷の次期当主」という肩書ゆえ、他の子供達と一緒に

こうして遊ぶことなど夢のまた夢だった。だからといってジャルジェ夫妻が他の子供達と遊ぶことを

禁じていたわけではない。

ただ、当然のことながら、使用人の子供達はオスカルを敬遠してしまう。上等のレース襟のブラウスを着て、当主と剣の稽古をしている子供を「かくれんぼ」だの「鬼ごっこ」に誘えないのはしごく当たり前のことだっただろう。

だから、剣の稽古と勉強の合間、オスカルは他の子が外で遊んでいるのを窓のカーテン越しにそうっと見ていた。

そんな娘の背中を見ていると、ジャルジェ夫人はとっても切なかった。それゆえアンドレがお屋敷に引き取られた時、夫人は以下の事をばあやに約束させた。

 

アンドレが他の子供と遊ぶ時、オスカルが一緒に遊びたい時には仲間に入れてほしい。その事で

オスカルが多少、怪我をしても、怒らない事。

 

アンドレはオスカルの護衛として引き取られたけれど、今はとにかく、一緒に遊んでほしい。アンドレには仕事より、オスカルとの遊びを優先させること。

 

昔気質のばあやはいろいろ言いたいこともあったけれど、渋々ながら大奥様との約束を守ることにした。

 

最初は、純朴で気のいいアンドレの事を物足りない奴、と思っていたオスカルも、自分が知らなかった

虫や植物の事、動物との接し方などを教えてくれる一つ年上のアンドレに親しみと頼もしさを感じるようになった。そして、アンドレと一緒だと、屋敷の子供達とも徐々に打ち解け、一緒に遊べるようになったことがオスカルにとって何よりも嬉しい事だった。

 

初夏の太陽が地面を照らす今日は、お屋敷の子供の中で一番年上のロデイが鬼になってのかくれんぼ。アンドレにしっかりと手を引かれ、いつもは自分が何でもリードしているのに・・・と口をとがらせながらも、なんだか心の中ではドキドキしてしまっていた。

「大丈夫、オスカル?ついてこれる?」と心配してたずねるアンドレに、

「バカにするな。いつも父さまに鍛えていただいている。」と答えては、彼に心配されることが何となく嬉しかった。

 

「えっと・・・・あそこに隠れようか。」アンドレはオスカルの手をひいたまま、勝手口の前に広がっている

菜園の脇にあるひまわりの群生の方へ向かった。

 ひまわりからは良質の油が採取できるし、種は遊びに来てくれるリスや鳥のごはんになるので、夏のこの時期は、ジャルジェ家の裏の一画はひまわりの花で黄色一色になる。丈高のひまわりの花は、子供が隠れるのにとても都合がよかった。

「涼しくってちょうどいいね。」オスカルに笑いかけながら、アンドレはひまわり畑の入り口に入っていった。

 

その時。

 

もう少し奥まったところに、誰か人の気配を感じた。それも二人。

 

アンドレはピン‥・!ときた。そしてオスカルの手を引いて、その隣にある、名前がわからない木の陰に隠れた。

「アンドレ、どうしたのだ?」怪訝な表情で尋ねるオスカルに、アンドレはしどろもどろ、答えた。

 

「なんだか・・・、大人が大事なお話をしていたんだ。だから僕達、邪魔してはいけないんだよ。」

 

アンドレはわかっていた。ひまわり畑の奥にいたのは、侍女のジュデイと、執事さんの息子のヨゼフ。

二人がとても仲が良いのは知っていた。多分、あの二人はあそこで・・・。

 

両親がまだ元気だったころ、田舎で3人でピクニックに行った時、一人で花を摘みに行って戻ってきた時、お昼ごはんがはいってるバスケットが置かれてある敷物の上で、父と母が抱き合い口づけていた。遠巻きに見てしまったアンドレは、なんだか見てはいけないと思った。寂しいとも思った。

 

その時のモヤモヤした感情が今、自分の中に湧き上がっている。そして、自分のような田舎育ちとは違い、厳格な貴族の家で育てられたオスカルはショックを受けるであろうとアンドレは思った。

 

結局は木の陰に隠れていたオスカルとアンドレはあっけなく見つかり、オスカルの機嫌を大いに損ねることになってしまったのだが・・・。

 

それから20余年が経った。衛兵隊隊長オスカルは、アンドレと共に、コスモスの群生が育つ小高い丘にやって来ていた。

 今日はアンドレの夜勤もなく、特にB中隊に課せられた面倒な仕事もない。

「毎日お疲れでしょう。たまにはアンドレを伴に、早くお屋敷に戻られてはいかがですか?」とのダグー大佐の言葉に甘えてまだ日が高いうちに二人は隊舎を後にした。

 

「花が見たいな。お前と共に、花を愛でながら時間を過ごしたいんだ。」こんなささやかなオスカルのリクエストにこたえ、アンドレはコスモスとマリーゴールドが咲き誇る小高い丘に彼女を連れて行った。

 

「うわあ!綺麗だ。コスモスってこんなに背が高いんだな。」オスカルは紅のグラデーションの中を歓声をあげながら進んでいく。それとは対照的なロイヤルブルーの軍服がとても鮮やかだ。

「こら、オスカル。そんなに急ぐなよ。」しょうがないな、と思いつつ、そんな彼女の仕草が可愛くて、

笑いながら彼女の後をアンドレは追った。

「こら、つかまえたぞ、お嬢様。」アンドレがオスカルの手首を掴んだとき、二人はコスモスの群生の真ん中あたりまで来てしまっていた。

 

まるで、世の中から二人だけ、紅色に隔離されているようだ。

 

オスカルはアンドレの胸に左手をそっと添えた。アンドレは右手をオスカルの腰に回すと、左手で

豊かな金髪を包んだ。

 

「小さい頃。」アンドレの軍服のボタンを指のはらで触りながら、オスカルは言った。

「ヒマワリがたくさん咲いている裏庭に隠れようとした時、お前は止めたよね。」

「うん・・・。お屋敷のジュデイと執事の息子のヨゼフがいたんだ。ひまわりの群生の中に。二人は多分

恋人同士だったから、邪魔をしてはいけないって思ったんだ。イヤな思いをさせたろうな。」

「うん…少し。自分だけ子ども扱いなのかな、って思っていた。私は特殊な育てられ方をしているっていう事は何となく感じていたから。お前にまで、少し違う扱い方をされたのかなって思ったんだ。」

 

ああ、なんて、この美しい軍人は壊れそうな心を持っていたんだろう!アンドレはそうっと彼女の頭を抱き寄せた。

「でもな・・・。そんなお前を俺は限りなく愛してしまった。」

「それなら・・・!このコスモスに囲まれて私はお前からの口づけを受けたい。」オスカルは小首をあげ、

アンドレに向かい合った。

 

その時、アンドレは気づいた。オスカルの胸の勲章が無い事に。オスカルはちょっぴり照れて横を向いた。

「今日、お前と二人きりになりたかった。自分の身分を象徴する勲章は、お前といる時は外していたかったんだ。」

 

彼女のなけなしの愛の表現がいじらしくて、アンドレはオスカルを優しく包み込んだ。

 

そして。

 

何度も口づけを交わす恋人達を、可憐な紅の花達が優しく外界から隠し続けてくれた。

 

 

FIN

 

私が住んでいるはコ所はスモスの群生がとっても綺麗です。この時期、嫌と言うほどコスモスを見ることができ、このお話を思いつきました。

 

コスモスが咲き乱れる小高い丘は、私のお気に入りの実在の場所です。