そのころ私は東京で暮らしていた。
夜からの仕事に備えベッドで横になっていたのだが
今まで経験したことのない感覚におびえながら起床したことを覚えている。
経験がないため理解に苦しむ。
これが地震の揺れであることに気が付くのにしばらく時間がかかった。
あまりにも大きく嫌な揺れだった。
それがゆっくりと何度も繰り返し揺れていた。
たまらなくテレビをつけ、状況把握しようとする。
つけたテレビから、携帯電話から、しきりに不協和音がなっている。
外からは異常事態で外に飛び出していたご近所さんたちが
止まらない揺れに顔をくしゃげ耐えている。
この世の終わりかと思った。
津波警報がテレビから発せられる。
海岸沿いのライブカメラが映し出される。
津波情報が大津波情報に変わる。
『電気が止まり情報がない。何かわかることを教えてほしい』
東北の太平洋側3県に住む友人からの連絡。
『津波情報が大津波情報になった。高いところに逃げろ』
急いで返信したメールに返信はなかった。
嫌な黒さの水が街を襲う映像がしきりに流れる。
何もできずに複雑な思いで映像を眺める。
不安でいっぱいだった。
電車が止まり街の中は、大勢の人が中心から外に向かい歩いている。
その人たちに逆行するように仕事に向かう。
職場では多くのものが床に散らばりそれを片付けるように指示を受ける。
本当に終わるのか、分からないほどの量。
単純作業を心を殺して行う。
その間もしきりに揺れは続く。
逃げるよう促した友人から2日後連絡が来る。
電波がつながらず、電源も少なかったため連絡が遅れたようだ。
『生きててよかった』
と返信する。
東日本大震災から13年経過した。
経験した人には思い出したくもない記憶かもしれない。
辛い人は無理に思い出すことはない。
経験と記憶は年月と共に薄れてしまう。
無理に思い出す必要はないが
余裕にある人は、次起こる事のために必要なもの・ことを準備してほしい。
家族が別々で行動している時間帯なら集合場所を決めておく
保存食、水の消費期限の確認 等々
様々なことを確認する日になるといいなと思っている。
予期せぬことは容赦なく突然起こる。
予期せぬことの準備は難しいが、日本では地震が必ず起こる。
想定外の揺れを予想するのは難しいが、地震が起こる事を想定することはできる。
今一度自分の準備を確認してみよう。


