脳卒中だけど日日是好日

脳卒中だけど日日是好日

2019年8月にベトナムで脳卒中で倒れてからの
生活・想いをそのまま飾らぬ思いで書き込みます。

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ベトナムでの入院生活のついて書こうと思うが、ここは正直覚えていないので

 

勘違いしていれば妻に助てけもらう。

 

私のベトナムの救急病棟は、約30床程の部屋。

 

男女混合、女性の中には胸を出したままの人もいた。

 

皆、重症で殆ど声は聞こえない。

 

私のその部屋に滞在は約2週間、そのあと病院内の異なる場所へ。

 

病棟は、イメージではまっ白。

 

看護婦が面倒を見てくれるが、いい加減。

 

病院食を用意してくれるが、毎回同じ鮭とご飯のおじや?

 

2週間ずっと、これのみ。

 

トイレは尿瓶、ちなみに大きいほうは2週間まるまるでなかった。

 

寝巻は、日々?交換してくれるのだが、日によって下はなしという日

 

もあった。

 

朝5時~6時、11時~12時、16時~17時は面会時間。

 

それ以外はずっと寝ているか、何もせずじっとしているかだ。

 

ここへは、妻、社長、同僚が本当に良く来てくれた本当に助かった。

 

本当に今考えれは、地獄のような生活だった。

 

今思い返せば、何をしていたか思い返せない、

 

ただ、うっすら誰がきてくれ、その際何を話していたのか覚えている

 

いや、その後に妻から聞かせれている話を信じているのか・・・

 

特に、スタッフ全員はベトナム人でベトナム語しかしゃべれないの

 

だから、話しているはずもなく。

 

とにかく、そんなふうに2週間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、救急病棟に移動となった。

 

ここは、そこのみ綺麗にしたような、しかし緊急な人が運ばれてくる病棟だ。

 

ほぼ、毎日救急な人が搬送されてはそこで死んでいくもいるという施設だ。

 

面接の時間制限(30分)、私の場合はこの時間帯OKだ。

 

ただ、当然場所が場所だけに、突然手術が行われていく。

 

私の真横で行われていくことも。

 

日本では見ぬ世界。

 

人が死んでいくことも、実際に見た。

 

自分は歩けないため、妻、会社の同僚が来てくれた。

 

今となっては、何を話していたのかも思い出せない。

 

目は覚め、起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入院2日目、妻到着。

 

妻が来てくれた。

 

連絡を受けて、最短の、発病の翌日にだ。

 

私が倒れてすぐ、社長が妻に連絡を入れてくれ、

 

チケットや現地の迎えなど色々手配してくれたそうだ。

 

意識不明の重体と聞いていた妻は、飛行機の中で

 

「もうだめかもしれない」と思っていたらしい。

 

着の身着のまま出てきてしまったそうで、

 

現地に着き財布を開けてびっくり1万円しか入ってなかったらしい。

 

現地駐在員と落ち合った時、ちょうど意識が回復したとの連絡が入ったそうで、

 

その時から妻は、私を無事日本に連れて帰ることが

 

自分の最大のミッションだ!と、

 

アドレナリンが爆発したらしい。

 

病院に到着した妻は、

 

あの雰囲気、あの汚さ、変わり果てた自分の姿に驚いたろうに。

 

一方目が覚めた(というよりまだ夢の中という感覚)

 

自分も、右腕が死んでいることに気づいた。

 

死んだように、冷たく何をしても動かない。

 

突然うわ言のように、しゃべる言葉も英語とベトナム語、日本語と、

 

なんと3言語で仕事をしているようだったと。

今回、この病気にかかり、

 

人の名前が覚えきれない、周囲の一部の人の名前を忘れてしまってるといった現象も起きた。

 

例えば、今の会社の人間は社長ともう一名のみしか覚えていない。

 

これはこの2名に関しては、旧会社時代から付き合いがあったから。

 

また驚いたことに最初の頃、

 

あんなに愛していたはずの娘の名前が思い出せなかった。

 

それと、自分では何故かこの病気は

 

それほど怖くないんだと思ってしまっていたということだ・・・

 

長くても、半年過ぎれば会社に余裕で復帰できてるはずだとか、

 

すぐに家に帰れる等々。

 

しかし実際は、現在でも身体もなかなか自由に動かすこともできず

 

頭の中はぐちゃぐちゃで、本すら満足に読めない日々が続いている。

 

ずっと、ずっと。。。

 

既に7か月もの歳月が過ぎようとしているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は2019年8月23日だった。

  

ベトナムで駐在員生活を初めてちょうど2週間だった。

 

朝から、うちのベトナム人スタッフ2名と一緒にメロン農家まで行くため、事務所を朝7時頃出発した。

 

朝から調子は今一つ、車内でも調子は何となく悪くずっと黙っていた。

 

ホーチミンを出発し2時間程度走ったところで、体の調子は悪く、何度か運転手と目が合った。

 

運転手が何か隣に座っていたスタッフに何かを話しをしたとき車がとまり、すぐ近くのカフェに休憩をとることに。

 

今から思えば、あの運転手が気づかなければ恐ろしいことになっていただろう。

 

そのカフェでのスタッフとの会話は何もおぼえていない。

 

その後、病院に担ぎ込まれた時の記憶はほとんどなかった。

 

その病院では血圧を測り、ここでは診れないと言われ、

 

結局そこから市内の病院まで救急車の運ばれた。

 

運び込まれた病院はベトナムでは一番といわれているチョーライ病院。

 

そこの、一般病棟に入れられた(ここまでのところ、一切記憶はなし)。

 

ベトナムで一番といわれていても、ひどい環境下。

 

野戦病院さながらで、ある時間がくると「体拭きおばさん?」がやってきて自分の体をふいていく。

 

ひどいふきかただったらしい。

 

寝ている姿は病院のパジャマを前後ろ逆に、下はオムツ状態・・・

 

鼻から栄養剤の管を入れられ、腕には点滴、

 

隣の患者のベッドの間は人が一人やっと通れる幅、

 

その部屋には男女混合入れられ、仕切りのカーテンすらなかった。

 

MRI、CTの結果から判断されたことは、「左側脳内出血」。

 

かなり大きな出血だったが、とりあえず手術は見送られた。

 

ただし、場所からして「失語症」や「高次機能障害」は出るだろうとの判断。