入院2日目、妻到着。
妻が来てくれた。
連絡を受けて、最短の、発病の翌日にだ。
私が倒れてすぐ、社長が妻に連絡を入れてくれ、
チケットや現地の迎えなど色々手配してくれたそうだ。
意識不明の重体と聞いていた妻は、飛行機の中で
「もうだめかもしれない」と思っていたらしい。
着の身着のまま出てきてしまったそうで、
現地に着き財布を開けてびっくり1万円しか入ってなかったらしい。
現地駐在員と落ち合った時、ちょうど意識が回復したとの連絡が入ったそうで、
その時から妻は、私を無事日本に連れて帰ることが
自分の最大のミッションだ!と、
アドレナリンが爆発したらしい。
病院に到着した妻は、
あの雰囲気、あの汚さ、変わり果てた自分の姿に驚いたろうに。
一方目が覚めた(というよりまだ夢の中という感覚)
自分も、右腕が死んでいることに気づいた。
死んだように、冷たく何をしても動かない。
突然うわ言のように、しゃべる言葉も英語とベトナム語、日本語と、
なんと3言語で仕事をしているようだったと。