浮いたり沈んだり大変だ。

日々春に向かう中で、天候と一緒で毎日心が変わる。

疲れたなんて贅沢過ぎる言葉で、
諦めるか、諦めないかの選択肢を持つ私は所謂恵まれた環境に生きているんだろう。

仕事を辞めて、のんびり暮らすことに憧れを持ちつつ、
きっとそういう状況になったら、
忙しい今の生活を懐かしんで戻りたくなるんだろう。

身勝手過ぎる。

悩むなんて暇な奴がすることなんだよ!って先輩に言われ、
私の取引金額はたかが五百万。
何千万を生み出す先輩に言われれば、
今いる環境の価値観に則れば言い返す言葉はない。


でも、
つかれたなぁ。
ふぅ~


あ、言っちゃった(笑)


この前、カンボジアとコンゴで活動する鬼丸さんって方に会ってきた。
その中の話。
↓
自殺大国日本は、はたから見ればおかしな国なんだろう。
皮肉だけど援助が必要かもね。
生き死にまでも選択してしまう人はもはや人ではなく神の領域。

イッツソーウィアード。

何かしらの意味を持って生まれてきたはずだから、
それを全うせねば。

もうすぐ社会人二年目。
社会人ってなんなんだよ。
生まれてこの方社会人として生きてきたわ。笑

とめどなく付与される目標と、
鬼のように溜まって行く業務量、
今時点で何かしらの意味を感じるのは甚だ難しい作業だが、
後々後付けでこんな価値判断軸を身につけられたって言える様で在ってくれ。



mon

19日にいきなり電話を受けてから、はや10日


いろいろな感情が渦巻いては去っていったけど


なんとなくひと段落ついたのでお礼かたがた。



もんげ、なべちゃん、本当にありがとう。


今回の壁は一人では乗り越えられないおっきな壁だったけど


ふたりのおかげでなんとかなりそうです。



今日ちょっと連絡が来てて、


やっぱり、彼には荷が重かったんだと思った。


20歳をちょっとすぎたばかりの学生で、


社会で働くのだってまだまだこれからで、


今目の前は楽しいことばかりの彼に


私はちょっと寄りかかりすぎたんだと思います。


かっこつけつけマンで、ガキのくせに大人ぶって、


人に弱いところを見せたがらないみえっぱり野郎だったから


私もなかなかきづいてあげられなかったけど、


実はけっこう限界だったんだと思います。


それでも、彼は彼なりに今まで努力してくれて


なんとかもがいてくれていたんだと思います。


それだけは、本当に感謝。


そんな彼はこれから「ふぬけた根性を鍛えなおす」らしいです。


そしてまず今は自分のことを頑張るそうです。


なかなかいい目標なんじゃないかと思うので、


陰ながら応援してあげようと思います。


そんな彼も4月からは新社会人


研修も落ち着いた頃に、めっちゃ旨い寿司をおごらせる予定です。

恋愛のスタイルは様々だ。

家族とか、親友たちにも話せないことを、短い期間の付き合いの中でもさらけ出し合う。

絶対の信頼。

だからこそ、そこで交わされる言葉や態度や出来事は自分の中で増長された形で大きな意味付けがされる。

「付き合う」っていう脆いながらも意味の強い契約関係。

恋愛は盲目的で理性を失うっていうのは本当だろうか?
そもそも盲目的かつ非理的な性質を押し殺して、社会(ここではとくにこの言葉の定義はしない)に生きる者としてのルールに則って生活をしているからこそ、心地よい約束関係の中に、元来の姿で生きることを選択したがるのだとわたしはおもう。
例え、それが傷つくことであっても。
例え、それが社会的に見てふりな状況であっても。

恋愛をネガティブに描きたいわけではない。

両極端なナマモノだから、社会の一員として生活しているだけでは体験できない、盲目的だからこそ得られる至極のしあわせも快感もある。
絶望も嫌悪感もある。


スタイルは様々でも、
この定理は共通なんじゃないかなと思う。



ただ、不倫は最低。
明らかな人の不幸の上に成り立つ幸せと絶望だから。


でもさ、例えば電車の中で席が空いていて、そこに座ったとして、
(お年寄りとかじゃなくて)すわりたいなって思ってた人がいたのに私はそれを知らずに座っていたら、
それは人の不幸の上の幸せなのかな。

極端だけど、同じことなのかな?

あれ、何だか万事に当てはまる様な気がしてきた。
自分の幸せは、見えない誰かの不幸や我慢の上に成り立っているもの?

どう思う?

今日は金曜日で意識が朦朧としているし、友達の不倫話で大打撃受けてるし、相変わらずの言葉の垂れ流しをして終わります。



mon