今日、また高校の時の友達の訃報を聞いた。

映画でも、誇張された民法のニュースでもない、
ただただ残忍な現実。

夢を語ったこと、
体育祭の優勝に泣いたこと、
一緒に勉強したこと、
ぶつかったこと、
授業中居眠りしてて彼に怒られたこと、
夢叶って中学の先生になれた報告を受けたこと、

亡くなったって事実、受け入れ難い現実との狭間に静かな混乱とパニックがおこる


彼の分も生きなきゃ?
そんなことじゃない。

誰を責めたらいいのか分からない

ただ受け入れることだけしか許されない

何故かコメント書けないので、新しい記事のとこに書きます。


卒業して、入社して一年。

それぞれがそれぞれの道に。

一年後の自分を、私たちを一年前の私たちは想像できただろうか。


のりが過ごした一年を、私は誇りに思います。
涙を流すことは、本気の裏返し。
悔しいって思うことは、思いが強い裏返し。
確実に色んな自分自身の変化を受け入れて涙してまた更に変化の中に行きてゆこうとする生き様は、
すごく、カッコいい。
思う通りに、描いた通りにいかないのは、当たり前なんだけど、その中でも要所要所、私にはできない決断と思考の働かせ方をしている様に私には見えるし、心から尊敬するよ。

震災の一件があり、
生きること、選択肢があることの絶大な幸せ、幸せなんて言葉では言い表せないけど、を実感値として感じました。

涙は確かに何も解決しないけど、
解決の為の行動に勇気と理由を与えてくれる。
だからこそ、大事なんだって思う。
人より多くの涙を知ってる人は、
人を余剰派生的に幸せに出来るし、
人のことを第一人称で考えることが出来ると思う。



ハンセンでの活動の仕方について、色々と思い出しました。
一生懸命「できること」を考えてきたけど、
結局できることなんてないし、そこには「やらせてもらうこと」しかない。
だから自分にできることではなく、村人が私たちに与えてくれる役割をやらせてもらうことが、活動の本質。

経済活動においても、日常にも同じことが言えるよね。


尊敬する人達に囲まれて、
それぞれの生き様を付かず離れず応援し合える人達に恵まれていることを、
感謝します。

ありがとう。

のり、一緒に頑張ろうね。

できることはないけど、のりが求めれば何でもするよ。


東京きたら、はなそっ!



mon

私は就活のとき、「人が抱える自分の力ではどうしようもない問題を、

ビジネスの力で解決するような仕事がしたい」って言ってた。


「自分のせいじゃない事情で、不利益を被っている人」の、

役に立つ仕事がしたいって思ってた。


難民の人とか、それこそハンセン病の元患者さんとか、

親が貧しくて無保険になっっちゃってる子供とか。


でも、入院したり治療を受けたりする間、いろんな人に親切にしてもらって、

あー自分は勘違いヤローだったなって思った。


私、語弊を恐れずに言えば、

今まで同情されたことってなかった。

人から憐れまれたことってなかった。

だから、それがどういう気持ちかも知らなかった。


うまく言えないけど、私が就活のときに掲げてた「やりたい仕事」は、

ものすごく自己満足的で、1ミリの価値もないことだったと思う。


なぜなら私の頭の中にあったのはただの「被害者像」でしかなくて

そういう人の役に立つんだ、という自分本位の妄想だったから。


今なら、「同情するなら金をくれ」という気持ちがわかる。

それでいて、小さな「親切」に、深く深く感謝する自分がいる。


心持ちって相手に伝わるんだってわかった。

だから、どんな仕事をするかじゃなくて、

請け負った仕事に、どんな「心持ち」で取り組むか。


そんなことをもにょもにょとおもいました。