サラリーマン時代に賞与をいただいて家族で
外食し、デパートで買い物をして、満たされた
幸せ感を感じながらも・・・何かもの足りない
もう30年ほど前のことですが、自分の家族
はそれでそのときは満足しても、兄弟姉妹
会社の同僚なども一見幸せそうだが、何か
違うところを垣間見る?
こんなことのために生まれてきたのか?
何かもっと違うこともできるのだが・・・
建築の技術を学び、更にもっと建築のことを
知りたい、設計もやりたい、そのためには?
コストを知るためには積算や見積もりもでき
なくてはならない
やりたいことはいっぱいあったし、スポーツで
鍛えた頑健な健康体でもあった
一つ仕事を終えると新しい仕事が巡ってくる
やるき満々で予算もスケジュールも仕事の
できばえも自信があったし、面白かった
でも、何かもの足りない
家族以外の周囲を見ると何か困っていたり
悩んでいたり、苦しんでいる人がいる
親も不二の病を抱えていた。これは辛かった
問題意識を持って色々と学ぶことの必要性を
感じながら、設計の道に進んだ後に独立した
色々苦労もしたが、30代後半で建築雑誌に
掲載されるような建築に憧れて、自邸も建てる
ことができたが・・・満足感は一時のもの
建築が商売道具となって売られている状況に
何かおかしい、建築雑誌を見ても表彰される
ような空間でほんとうにいいのか?
決して、暮らしの上で本質的なものが欠けて
いる。心の部分で大きな何かが欠けていた
何のための建築なのか?
もっと大事なことがあるのではないか?
本当の価値感、自分にできることと可能性
輪廻転生は小さい頃から、生まれ変わること
は聞いていたが、実感を持って聞かされた記憶
はなかったが、30代半ばから知ることになって
いった
この世において、自分が撒いた種だけでなく
前世からのカルマというものがあることを
知ったときから、ものの見方は大きく変わった
何百回、いや何千回いやもっと長いのかも
しれないようだが、例えば百回だとしても
無駄な人生を何度も繰り返してきたことに
なるではないか
大金持ち、権力者や貧困に悩む人生も色々
経験してきているらしいことも知った
今世が偽りの幸せだったとしたら・・・・
また生まれ変わって、途中で気づく機会に
めぐまれないとまた同じ繰り返しになる
幸せが美味しい食事や買い物や家を持つこと
いい車に乗ることなどは他との比較によるもの
多くの方々に歓んでいただける満足感に比べる
と物質的なものから心の満足になる。
本当に自分が向上心を持って目指した本物の
幸せとは次元的違いを感じるものです
この現実に見える世界の苦労は、自分が進化
成長しようとして目指すモノがなければ、いつか
苦痛を感じる。いや今もそうかもしれない
同じ転生でも今世は特別の時代に生かされて
いる。一般的に言われている歴史の世界では
解かりません。
知ったら、行動しないともったいない
実践していると物質的なことよりも、精神的な
穏やかな本物の満足感にもなってくるハズです