呉下の凡愚の住処 -53ページ目

呉下の凡愚の住処

春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
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すごくって感じになってしまった今回の旅行(前の記事)、
実は最初はもっと短い日数で
李白と伍子胥の墓参りをすることしか決めてませんでした。
しかし、なぜか日数を間違えて4泊5日のチケットを買っていたことが
購入から数日後に発覚……

実は(二度目)去年転職が決まったあたり(10月頭ごろ)から
周瑜様のお墓に再訪したいと思っていて……
「合肥に行く予定は今のところないけど、
 強固な縁があるから近々絶対に行ける機会ができる」
と信じて生きてきたら、勝手にこうなりました。
日数間違えただけなんですけど……
まあ普段から計算機使わないと日数計算できないですからね。

移動の途中で丹陽を通るので、
前から気にはなっていた呂蒙殿のお城(呂城鎮)に行くことを決め……
帰りの飛行機の時間が遅いから二陸故里にも行けるな……と、
前から狙っていた小昆山園に行くことも決めました。
ここまでは計画の初期段階から決まってた。


周瑜様のお墓に行く日、他にどこに行こうかな? と
地図や旅行記を見ていたら……
合肥→廬江とさらに一日で回れそうな舒城という場所に
周瑜城という史跡があるのを発見。
そしてそのちょっと南(ちょっとではない)に
魯粛読書台という史跡があるのも発見。

調べてみた感じ、周瑜城は他にも行っている人が多そうでした。
が、この魯粛読書台は……ニッチすぎる……
私、基本的には
“誰か他に一緒に行ってくれる可能性がある場所は次回に回す”
という傾向にあります。
無錫の三国城&水滸城はそんな理由で後回しに。 →去年行けましたピンクハート

しかしこの読書台、数年前に調べたときに
結構な山の中にあると書いてあって
「こんなん発見できるか分からないから行かなくていいよ……」
って思った場所なんですよね。
中国人の旅行記が二件だけ発見できたのですが、文物碑もない感じで。


これだけですからね。(今回撮ったやつ)

これだけのためだけに一緒に行く人、絶対いないよね。
私が一人で行くしかない……
と言うか一緒に行ってくれる同担の人がいたら名乗り出てほしいです。
そして、名乗り出ていただけるのはめちゃくちゃありがたいんですが、
魯子敬担にはまだ先に行くべき場所が数箇所あることをお伝えします。

というわけで

※左下の、公里=㎞です

こういう感じの距離だったので、さすがに車のチャーターを決意。
まあ驚くべきことにその予約してた運転手、
音信不通のまま当日も来なかったという
すごい事件が起こったんですけどね。
電話番号が北京番号の時点で「?」とは思ってましたけどね……
すぐに代わりの方を手配していただけたので大丈夫でした!


三日目の季子廟は、以前丹陽の孫堅墓などに行ったときに
百度地図に載ってるのを見つけて、
「次回一人でこの辺に来ることがあったら行こう」
と思ってた場所。
だって一緒に行く人いないでしょ……
季札だからね……

あ、季札のことをdisってるわけじゃないですよ。
季札はすげーやつなんですよ。
呉人なのに賢人(失礼)だし、詩経イントロクイズ全問正解だし、
季札の超人っぷりに子産も孔子も驚きを隠せない様子でしたからね……
でも、だからと言って、
季札の廟にわざわざ行くような人っている?
いらっしゃったらすいません……て言うか、いてほしいし、
季札レベルなら熱烈なファンは絶対いると思うんですけどね。
屈建にすら熱烈なファン(我)がいるんだから……

ここは私が行くしかない! となって、ここも旅程に追加。
まあ呉(春秋)が好きだったころもあったからね。
あったよね……そういう時代も……

▲鎮江~丹陽の位置関係&距離

孫武紀念園は蘇州で行く場所を探してたら地図上で見つけた場所です。
蘇州は二回目なのですが、
拙政園みたいな有名な観光地を目的地にしたことはありません。
今回行った山塘街が初めて。しかも前日雰囲気で決めたし……


こうして李白以外全員呉という
呉にまみれた旅程が完成したのでした。

別にいいんですけど、「私そんなに呉(春秋)好きだったっけ?」
って思うわけですよね……
呉に攻め込まれて「うわーっ!!」ってなる悪夢とか
見てるような人間ですからね……(実話)
ちなみにその呉軍は楚の道路を逆走して事故を起こそうとしてました。
やってることが本当に悪いやつらじゃないか……

でも旅が始まってみたら、
前からずっと行きたかった項羽のお墓に行けたので! よかったです!
ずっと行きたかったんだけどアクセスが微妙すぎるという情報のため
一人で行く機会がなかなかなくて。
今回も予定には入れてなかったんですが、
項羽が「今日来い」って言ってくれた気がしたので(←?)、
タクシーで急行しました。

この四面呉歌の旅程に楚との繋がりをねじ込んでくれるすばらしさ……
さすが西楚覇王を名乗るだけあるなと思いました。理解ってるよね……

あ、孫呉は大好きです。好きって言うかね……
何度でも言いますけど、私、自分は孫呉で生きてると思ってます……
元号も私の中ではずっと建安。(後漢だけど……)
ずっと建安二十(215)年に生息しています。
これからもよろしくお願いします。


うーん、目的地を決めていった流れの言い訳で終わってしまいました。
次は写真をいろいろ載せます!