呉下の凡愚の住処 -152ページ目

呉下の凡愚の住処

春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
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4日目は前泊しておいた赤壁と烏林を見て回りました!

赤壁は5月に来たばかりだし、去年9月にも陸渓に行ったから、縁があると思う。
今回も5月にお世話になった運転手さんにお願いしました!

赤壁
◆大羅湖 呉王廟
 →市街地から古戦場に向かう途中にある
◆赤壁古戦場(最後に行った)

烏林
◆白衣庵
 →呂蒙の白衣渡江を記念した建物
◆呉王廟
◆白骨ta
◆烏林zhai
◆紅血巷
◆曹公祠
◆放馬場
◆曹操湾
◆万人坑
などに行きました!
烏林の史跡についてはつい最近の記事にかなり詳しく書いてあります。

白衣庵は烏林の船着場から約20㎞の場所にある建物で、
見渡す限りの一面の畑の中の、雑木林の中に立ってました。



「許昌の徐晃墓・伏完墓並みの立地ですね……」
と二人で感心。(二人とも訪問済み)
5月に河南省でお世話になった先生からお聞きしていたのですが前回は行けず……
白衣庵、最初に見つけた人がすごすぎると思います。
これまで行った人たちもかなりすごいですけど、
やっぱり最初に探し当てた人はすごすぎると思う。

もちろん閉門してたけど、中は見られました。
奉られているのは仏様3体だった。
私、呂蒙殿のこと本当に好きですし、
尋陽なんかも何もないと知ってても行きたいなと思いますけど、
現在のここはほんとにぜんぜん呂蒙殿関係ないな!? と思った(笑)

でも、あたり一面の畑の中に立ってる建物と、自分たちは車で来たことを考えて、
こんなところを徒歩で従軍する兵卒ってすごいな……
兵卒もしんどいだろうに、言うこと聞かせられる将軍ってほんとすごいな……
当時なんて道もなかっただろうに、
国のために何百㎞も移動して戦に行くなんて、将軍ってすごすぎじゃないか……
もう私なんてどうやったって手の届かない人じゃん……
たぶん普通に生きてたら遠い世界の人すぎて憧れることすら叶わないな……
そんな人の話を一般平民でも読ませてもらえる歴史書ってありがたすぎだな……
そんな将軍を何人も抱えてる国ってすごすぎる……果てしない……
と、20㎞の帰り道で感慨に浸ってました。
と言うか正直この日ずっとそのことを考えてました。

その後の曹魏関連の史跡めぐりでは、同行の方が曹魏ファンだったので
たいそう喜んでいただけて、一カ所ごとで感動していただけて、
私も本当にうれしかったです。
曹魏関連の史跡は故事も調べてたから紹介できたし……事前調査って大事だね。

長時間待ってから船で赤壁に戻りました。とても暑かった……

今は1時間に1回程度の船でしか行き来できない赤壁と烏林の間には、
近い将来、長江大橋がかかるそうです。
来年から工事が始まって、5年で完成予定らしい。
えらい短い工事期間ですね……(本音)
赤壁と烏林は一般人も普通に行き来しているし、
今の移動手段しかないのでは不便すぎると思うので、
話を聞いてすばらしいことだと思いました。

でも橋のかかってない景色はもうすぐ見られなくなるんですねえ。
私は赤壁古戦場のあたりから見るだだっ広い長江が大好きだったから、
これまでに何度も見ておいてよかったと思った。
やっぱり行きたい場所には行きたいときに行かないとな……

▲ああ、指が入ってる……


赤壁も長くなるので一旦切ります!