呉下の凡愚の住処 -140ページ目

呉下の凡愚の住処

春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
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あっという間に武漢最終日になってしまいました。
本当に悲しいけど、サプリのストックもないので日本に帰らねばなりません……
一番不安なのがサプリのストックがないということなのが我ながら気持ち悪い。


昨日の赤壁は最高でした。
結局時間がなくて一年で三度目の赤壁古戦場には行きませんでしたが(笑)、
印山の丁奉墓(の紹介碑)、陸渓の靖江王(丁奉)廟、呂蒙城址、
界石山の呉王行祠、大羅湖の呉王廟(三度目)、赤壁市内の魯王廟に行けました。
丁奉墓では現地のおじいさま方に、
靖江王廟では道長さん(かな?)に話を聞けて大大大大大大大大満足。

陸渓には2014年9月にも行ったので再訪なんですが、
前回は誰にも会わなかったんですよね。今回は運が良かった……
界石山の呉王廟は名前だけ知っていたのですがこれまで特に行けてなくて……
でも、靖江王廟の道長さんに「近くだから」と薦められて、
思いがけず行くことができました。
東呉の皆さんの像が11体も祀られてました。え、何、この僥倖は……
建てていただけて、そして今日まで廟を保っていただけてありがたすぎです。

魯王廟はその名の通り魯粛の廟なんですけど、
これが話に聞いて想像していたよりフレンドリーで温かい廟で……
ご神体も想像より堂々としていて、ちゃんと参拝はしたものの、
緊張しすぎて何もロクに伝えられなかった(笑)
けど魯子敬様の前で、不審者と思われることなく合法的に叩拝ができるのは
最高に気持ちよかったし、できることなら毎日やりたいと思いました。
おみくじもあったし、道士さんとゆっくり話もしたいので
近いうちにまた行くと思います。

まあ今朝も時間がやばすぎるのに亀山魯粛墓を掃除するためだけに亀山に行って
15元払って登って1分で掃除と挨拶を済ませて(しかも天気は雨)、
時間短縮のためタクシーで駅に向かいましたので、
合法的に叩拝するためなら赤壁に行くことなど苦ではありません……


私は孫呉が滅びたことをまったく受け入れていないので(楚は受け入れている)
私の中ではまだ孫呉は健在だし、領土もかつてのままだと思ってます。
そんな孫呉の地である赤壁に、こんなにたくさん孫呉関係の史跡があるなんて……
感動で言葉が出ません。本当にありがたく思います。
決して裕福とは思えないような土地・街並みの中にある史跡たちなので、
建てていただける、保っていただけるだけでも本当にすごいことなんです。
日本の物価から考えればささやかな額ではありますが、
各地でお賽銭を入れてきました。子子孫孫末永く孫呉を伝えてほしい。

これまで孫呉にどれだけ人生を救われてきたか、
孫呉が好きなおかげでどれだけ多くの人に出会えたかを考えると、
私は国に対してなんの恩返しもできていないし、
仮に今死んだとして一番残念なことはそこです。
自分の非力が情けなくて申し訳なさすぎて動車組の中で泣いてる。(不審者)
もしも仕事を乗り切れたら、国のためになることをしたいなあ……

▲丁奉墓碑文。
かつてはちゃんとした丁奉墓があったらしいのですが
文革で壊されてしまったそうです。

▲二回目の陸渓! 陸口です。

▲孫呉ファン歓喜の呉王行祠。
本当に大歓喜できるのでみんなで行きましょう。

▲魯王廟。とてもよい場所!!

これ全部日頃から普通に考えてることなので通常営業です。
孫呉好きには情熱的な人が多いとよく言われるけど、
自分ほどの極右に出会ったことはほとんどないのでいつも温度差を感じています。
孫呉のファンでなくていいので、我こそはというガチ極右勢を求めています。
一緒に飲んで情熱を語り合いたい……同志の名乗りを待ってます……