呉下の凡愚の住処 -14ページ目

呉下の凡愚の住処

春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
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孫堅についてのとても良い詩を知ったのでメモしておきます。


嘉靖壬午本三國演義

第九回 曹操起兵伐董卓より

 且說那十八路諸侯,那一路先到?此人身長八尺,英雄雙全,橫跨三江,威服六郡,富春人也。姓孫,名堅,字文臺。後人有詩贊文臺曰:

 誰道江南少將才?明星夜夜照文臺。

 欲誅董卓安天下,為首長沙太守來。

さてその十八路諸侯、誰が最初に到着したでしょう?
かの人物は身長八尺、英雄双全、三江を跨ぎ、六郡を威服する富春人。
姓は孫、名は堅、字は文台。
後世の人の詩に文台を讃えて曰く:

 (詩は訳センスないので省略です、まあ読めますよね)


武烈帝の登場場面にこんな人物紹介と詩があったんですね。

良さしかない。

と言うかそもそも楚の土地に将才が少ないはずがない。

 

現行の三国志演義の底本になっている毛宗崗本では削除されてます……。

三国志演義の成立史については

Wikipediaが非常に長く詳しくなってるのでご覧いただくか、

金文京先生『三国志演義の世界』がとんでもない名著なのでおすすめです。

個人的には、演義に偏見のある人でもこの本は読んでみてもらいたいです。

 

上記の武烈帝の件もそうなのですが、

演義では孫呉の人物みんなが貶められているわけではなく

関羽・諸葛亮に関係しない人は結構問題なく英雄として描かれています。

なので演義に強いアレルギーを持って、

一切見ないというのはもったいないと思うんですよね……。

まあ、主要人物が全員嫌いだとそれも難しそうですが……。


私は演義の悪しき影響を最も食らった人物たちのファンダムに属してますが、
三国志に出会って初期の頃に演義の劉備のファンになったことが
その後の三国志人生の快適さを決めてくれたと思ってます。
そして演義では孫呉はいないものとして見る。
出てきても無視する、見ない、すぐに記憶から消す。
不快になると分かっているものに時間を割くのは
人生の貴重な時間がもったいないです。
毎日何時間もの運動ノルマを抱えており暇はありません。
苦しいのは有酸素運動だけで充分です。
幸せなことだけしていきましょう。