湖北省 三国史跡(2/3)【襄陽市、荊門市】 | 呉下の凡愚の住処

呉下の凡愚の住処

春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
詳細は「プロフィール情報を詳しくみる」をご覧ください。

※既に存在していないもの、昔の書籍に記述があったというだけのものも
たくさん含まれています。どうかご注意ください!!※


行ったことのある場所は◆、既に存在しないものは×を付けています。
◆の場所はいずれ写真をアップするつもりです。いずれ……

襄陽市 Xiāngyáng(52)
※区の合併情報を追いきれてないので分類が著しく間違ってます。
 が、襄陽市であることは間違いないはず……

(23)
◆襄陽古城
漁梁洲(龐徳公が隠居していた場所)
龐徳公故宅遺址
徐庶故宅遺址
黄承彦故里
劉備馬躍檀渓処遺址
蔡瑁故里遺址
蔡瑁墓
劉表墓遺址
鏖戦崗(関羽の樊城の戦いの戦場)
樊城遺址(関羽と曹仁の激戦地)
龐統故宅遺址
龐徳墳遺址(2つのうちの1つ)
峴山(羊祜が辺りを臨んだ山)
羊叔子亭遺址(羊祜を記念して建てられた遺址)
峴首山(羊祜が辺りを臨んだ山)
峴首亭(羊祜・杜預を記念して建てられた亭)
羊杜祠(羊祜・杜預を記念して建てられた亭)
羊祜山(羊祜を記念して名付けられた)
堕泪碑(羊祜を記念して立てられた碑)
王粲井(王粲の故居)
沈碑潭、解珮渚(王粲と劉表が遊んだ場所)
◆仲宣楼(王粲が楼に登った場所。2つのうちの1つ)

 襄城区 Xiāngchéng(18)
鳳林関(孫堅が戦死した場所)
白馬洞(司馬徽が隠居していた場所)
龐居洞(龐徳公が隠居していた場所)
◆古隆中(諸葛亮が隠居していた場所)
◆古隆中石牌坊
◆諸葛草蘆亭(諸葛亮が隠居していた場所)
◆諸葛草蘆(諸葛亮が隠居していた場所)
六角井(諸葛亮が水を汲んだ遺址)
躬耕田、老龍洞(諸葛亮が農作した遺址)
梁父岩(諸葛亮が《梁父吟》を詠んだ場所)
抱膝石(諸葛亮が膝を抱えて詩を吟じた場所)
棋盤石(諸葛亮が囲碁を打った場所)
観星台(諸葛亮が空を仰いで星を見た場所)
卧龍深処、隆中書院(諸葛亮を記念して建てられた場所)
半月渓(劉備・崔州平が語らった場所)
小虹橋(劉備が黄承彦に出会った場所)
三顧堂(劉備が三顧の礼をした場所)
武侯祠

 宜城市 Yíchéng(2)
馬良故里
馬良塚

 南漳県 Nánzhāng(5)
◆水鏡荘(司馬徽が隠居していた場所)
珍珠泉遺址(司馬徽と劉備が語り合った場所)
司馬徽墓(2つのうちの1つ)
◆徐庶廟(徐庶が隠居していた場所)
周倉古城(周倉が王となって治めていた城)

 谷城県 Gǔchéng(1)
張飛城遺址(張飛が城を建てて守っていた場所)

 保康県 Bǎokāng(3)
歇馬鎮(関羽が馬を休ませた場所)
師旗山(関羽が軍旗を干した場所)
関山(関羽が関を置いた場所)

荊門市 Jīngmén(20)
(9)
望兵石(敗れた関羽が救援を待った場所)
掇刀石(敗れた関羽が刀を取って奮起した場所)
馬跑泉(関羽の赤兔馬にちなんだ場所)
関公釣台遺址(関羽が釣りをした場所)
捉馬洞(関羽が馬をとらえた場所)
鶏鳴岭、拖刀沟(関羽が鶏鳴を聞きながら鍛錬をしていた場所)
跑馬岡(関羽が騎射をした場所)
烽山台(関羽が軍の状況を伝達した場所)
関羽手植松遺址

 鍾祥市 Zhōngxiáng(3)
青泥山(楽進が関羽を攻撃した場所)
利渉橋(関羽関連の遺跡)
放馬山(関羽が馬を放した場所)

 京山県 Jīngshān(5)
曹武鎮(荊州に南征した曹操が軍の調練をした場所)
三歩岭(曹操が鞭を取って軍の調練をした場所)
武台(曹操関連の遺跡)
雁門口(赤壁で負けた曹操が逃げた場所)
馬跑泉(関羽関連の遺跡)

 沙洋県 Shāyáng(3)
三界塚(関羽の敗走ルートの一地点)
拾回橋遺址(関羽の敗走ルートの一地点)
馬良山(馬良が読書をした場所)


参考:马儒君《寻找三国》 中国文联出版社