鎌倉録・巻一(円覚寺) | 呉下の凡愚の住処

呉下の凡愚の住処

春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
詳細は「プロフィール情報を詳しくみる」をご覧ください。

まずは円覚寺
鎌倉五山の第二位のお寺らしい。とても広かったです!
鎌倉時代(1185ごろ~1333)の弘安5年(1282)に
8代目執権・北条時宗(1251~1284)によって創建されたそうです。
執権とは中国史で言うところの“宰相・丞相”にあたるようです!
1282年からずっと場所が変わらないってすごすぎる……

画像をクリックすると大きく表示されます。
 ぜひ拡大してあげてください!

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲三門(山門)
天明5年(1785)に再建されたらしい。

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲仏殿
昭和39年(1964)に再建されたらしい。

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲ご本尊(仏殿内) 宝冠釈迦如来
宝冠をかぶっておられるため、この名前がついたのだという。

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲天井の白龍図(仏殿内)

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲選仏場
元禄12年(1699)に建立されたらしい。
仏を選び出す堂宇のことなんですって。

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲居士林
もともと牛込にあった剣道場を昭和3年(1928)に移築したものらしい。
“居士”とは在家の禅修行者のこと。つまり修行場。

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲舎利殿(国宝)
推定15世紀(室町時代中期)の建築らしい。
国宝なので近づけません(期間限定で公開されるらしい)。
1階建てで、屋根の下に屋根がついてるデザインだそう。

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲開基廟
開基北条時宗が祀られているらしい。別料金。
現在の開基廟は文化8年(1811)に改築されたらしい。

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲黄梅院
境内のいちばん奥にあります。文和3年(1354)建立らしい。
仏様を撮るのが怖くて(被害妄想)上方を撮影……
山の中にある感じがとてもいいと思います。

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲方丈の前庭にあるビャクシン
開山の無学祖元(1226~1286)が植えたものと伝えられているらしい

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲崖に開けられてる穴がいいですね!

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲素敵なデザインですね!

呉下の凡愚の住処-円覚寺
▲上に同じく!

以下、境内のすばらしい植物のお写真。

呉下の凡愚の住処-円覚寺

呉下の凡愚の住処-円覚寺

呉下の凡愚の住処-円覚寺

呉下の凡愚の住処-円覚寺


次回につづく!