「魯粛怒斬牛百万」 | 呉下の凡愚の住処

呉下の凡愚の住処

春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
詳細は「プロフィール情報を詳しくみる」をご覧ください。

岩崎芸術社『三国志—中国伝説のなかの英傑』に載っていた話をご紹介。
「魯粛怒斬牛百万」(本では「魯粛、牛百万を退治する」の名)です。

本文をコピペするのはちょっとどうかと思ったので
百度で中国語版の話を探して、それを翻訳・紹介することにしました。
すると、書籍には載ってない内容が山ほど含まれていました。
こんなに長い話だとは思わなかった……

赤壁地方の民間伝承らしいです。民間伝承って生々しい話が多い。
稚拙な訳ですが意味は通じると思います。


↓ここから↓

建安十五年(210)、魯粛は命を受けて赤壁に駐屯することとなり、
吉日を選び、急いで任に当たった。
道々の民や百姓は魯粛の赴任を歓迎した。

駐屯から3日目、魯粛は侍童とともにお忍びで街を視察に出かけた。
拱極門のあたりで、ふと陸水から一艘の豪華船がやってきて、
太った男と数人の下僕が美しい少女を拘束しているのが目に留まった。
少女は沈痛な面持ちであった。

これは何かあるな、と考えた魯粛は近くにいた年寄りの漁夫に話を聞いた。
漁夫は一気にまくし立てた。
「おぬしは初めて赤壁に来たのかね?
 あいつはいま城で誰よりも富と権力を持つ牛百万だよ。
 あいつの家の五銖銭(漢の銅銭)は牛の毛よりたくさんあり、
 食料は河の砂より多い。
 農夫だって文王の子より多いんだ(周の文王・姫昌には100人の子がいた)」。
魯粛はまた、船で泣いていた少女は誰なのかと尋ねた。漁夫が言うには、
「赤壁・蒓川の美少女の多くがあいつにさらわれ、乱暴されておる。
 そしてみな、いつの間にか死んでしまうのだ」。
魯粛は怒りをあらわにして問うた。
「まさか王法が行われていないというのか?」
「天は高く、皇帝は遠いもの。
 漢の天子はその身も危ういというのに、この地に王法などがあるものか!」
漁夫は悲しそうに叫んだ。

魯粛は漁夫と話を続ける。
「東呉の孫権がここに官吏を派遣しなかったか?」
「ほう! おぬしは役立たずの読書家だな!
 官吏と大夫は徒党を組むものと決まっておる。
 昨日来た“魯大人”とやらも、今ごろあいつの家で宴会だろうよ!」
漁夫の言葉は魯粛の胸を打った。

それから数日、牛百万は新任の“魯大人”の訪問をひたすら待ち侘びたが、
何の動きもないまま、日はいたずらに過ぎていった。
牛百万はひどく腹を立ててひとりごちた。
「お前がここの顔役に挨拶しないってんなら、
 龍を飛べなくしてやらないといけないな」 ※原文:我可要你强龙不能腾飞。
そこで下僕に密命を出し、次々と出発させた。

牛百万は機嫌を直そうと、誘拐した美女を呼び寄せた。
美女が顔を涙で濡らしているのもお構いなしに、
にやにや笑って引き寄せ、ついに手を出そうとする。
美女は怒って牛百万の両頬にびんたを食らわせ、
「この色ボケじじいめ!」と罵った。 ※原文:还大骂他是老牛筋。
怒髪冠を衝いた牛百万は美女に毒手を下し、
そのまま床に押し倒して犯してしまった。
事が済むと、美女を麻の袋に入れて川に放り投げるようにと
下僕に言いつけたのだった。

漁夫から悲痛な話を聞き、牛百万の悪事をも目の当たりにした魯粛は
かの害悪を取り除こうと決心した。
そしてある日のこと。
役所にいた魯粛のもとに侍童が駆けてきて言った。
「役所の外に怪しい者がいます。魯粛さん、気をつけて」。
魯粛はこれに思い当たりがあった――奴の部将が来たのだな……良きに計ろう。

夜0時ごろのこと。
黒装束を着た数人のごろつきが役所に飛び入り、
床で寝ている魯粛に楼上から切りかかろうとした。
すると突然室内の灯りが消え、内も外も伏兵でいっぱいになり、
ごろつきはあっさり捕まった。床で寝ていた魯粛は別人だったのだ。

その晩、魯粛はごろつきを尋問し、供述を記録、
極悪非道の牛百万を捕らえるため、ただちに兵を派遣した。
かような賊は打ち首にせねばなるまい。
この知らせは百姓によって口々に伝えられ、たちまち広まった。
牛百万の死刑判決が決まったちょうどそのとき、
美女があの年寄りの漁師に支えられながらやって来て、
自分がいかに非道な目に遭わされたかを涙ながらに訴えた。
ごろつきによって川に投げ込まれた美女は漁夫に助けられたのだった。

美女は血涙を絞って牛百万の悪事を告発した。
激しい怒りに駆られた百姓たちは牛百万のもとへ突き進み、
殴る蹴るなどの暴行を加えた。
魯粛が人々を宥め去らせ、牛百万を斬首に処したところ、
台の下からは大喜びの歓声が上がった。

赤壁でいまなお広く伝わる一首、『蒓川竹枝詞』にいう。
「三月里来三月八,都督魯公好当家。
 為民怒斬牛百万,蒓川百姓楽哈哈」


(おしまい)

鲁肃怒斩牛百万・_赤壁网--赤壁权威新闻门户网站,赤壁市新闻门户
http://www.chibi.com.cn/2004-04/07/cms302287article.shtml

↑ここに全文載ってます。
 見ていただければこの訳がいかにやっつけか分かると思います(笑)
 語注とかつけたかったのですが、
 気力がないので今日はもうアップします。

書籍に載っている話と大筋は変わりませんが、
書籍のほうはより短く、より優しい表現になっています。
美女が暴行されるくだりなんかが丸々ありません。
日本で発表するのが憚られる部分は削ったんだな。と思った。

> 我可要你强龙不能腾飞
> 三月里来三月八,
↑この二つの意味がまったく分からないのでどなたか教えてください……

『三国志―中国伝説のなかの英傑』 / 殷 占堂
¥2,310
Amazon.co.jp