川本喜八郎先生 ご逝去 | 呉下の凡愚の住処

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『人形劇三国志』の生みの親・川本喜八郎先生がご逝去されたそうです。

(個人的感情から、ニュース記事などの転載はしません。ご了承くださいませ)



私はちょうど一年前の8月23日、
神戸の新長田で行われた『第三回 三国志祭』で
川本先生ご本人をお見かけしています。


三国志祭 http://www.sangoku-maturi.com/


当日の人形劇特別公演は事前にチケット購入が必要だったものの、
川本先生による、メイン会場でのご講演は誰もが拝聴可能だったのです。
(細かい部分の記憶は曖昧です。申し訳ない……)


「恐らく人がいっぱいで聞けないだろう」と
商店街をうろついてから会場に戻ったもので、最初からではないのですが……
私もここで、運よく川本先生のお話しを聴くことができました。
『人形劇三国志』製作中や放映中のお話がメインだったように記憶していますが、
ご講演の中のお話でひとつ、はっきりと憶えているものがあります。


 ちょうど今日、8月23日は諸葛孔明の命日らしい。
 (この日の現場で人形劇のスタッフさんに伺ったそうです)
 孔明の命日に人形劇の公演ができるなんて運命めいたものを感じる。


といったお話でした。
それは確かに運命めいているなあ、と思いながら拝聴していました。
当日の自分は体調が芳しくなく、意識もすこし朦朧としていたのですが
このお話は今でもよく憶えています。
“孔明の命日”が8月23日だと自分の中に定着したのがこのときだったので。


そして川本先生がお亡くなりになったのは、奇しくも8月の23日だそうです。
訃報を知って、なんとも言えない感情でいっぱいになりました。


この記事を締めくくる文章を何度も書き直しました。
どうしてもうまくまとめられず、自分の力量のなさが悔しくて仕方ないです……
ですので、ぎこちない結びで申し訳ないですが……


(自分の背が低いので)背伸びして見た川本先生のお姿は忘れません。
ゆっくりとお休みください。ありがとうございました。