インドを好きになった日 | かふぇ・あんちょび

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このカフェ、未だ現世には存在しません。

現在自家焙煎珈琲工房(ただの家の納屋ですけど…)を営む元バックパッカーが、

その実現化に向け、愛するネコの想い出と共に奔走中です。

 さてさて、旅行記の中の「僕」は、ようやくボンベイに到着しましたが、実はこの街での出来事は、私の旅の中でもけっこう重要なポイントだと思っています。

 いつものような日記調の淡々とした文体では、どうもあっさりと通り過ぎてしまいそうなので、こちらで書いてみる事にします。

 …いずれにしても、うまく伝えられないでしょうけど。

自分で思い返してみても、なんでそうなのか、わからないもんなあ。

 

 初めのうち、私はインドという国にどうにも馴染めずにいました。

インド以前に通り過ぎてきた国は、中国、モンゴル、パキスタンの3つという事になりますが、私はそれらのどの国でも比較的オープンなこころもちで旅をしてきましたし、どの国もすぐに好きになりました。

ところがこのインドでは、なんというか、どうもうまく歯車がかみ合わないような感じがしていたのです。

 あるいはそれは、旅が始まってから半年が過ぎようとしているという時期的なものもあったのかもしれませんが。

 商品やチケットの代金を実にしばしばボられる というのも、かなりのストレスでした。

日本円に換算してしまうとささいな金額なのですが、自分自身がその無知ゆえに他人に金銭を騙し取られる というその状況自体が我慢ならなかったのでしょう。

 もうひとつ、物乞いの人への対応が大きなストレスでした。

毎日毎日路上で彼らと出会い、バクシーシ(喜捨)を乞うか細い手を差し伸べられるのですが、さて、これに一体どう対応するのか??

 私の旅は、バックパッカーだ、貧乏旅行だ とどう言いつくろってみたところで、所詮は物見遊山の遊びです。

おなかに巻いたマネーベルトには、路上の人々が一生かかっても手にするかどうかの金額のトラベラーズ・チェックが入っています。

 ではどうすればいいのか? 彼らが求めている金額はあまりにも少なく、1ルピーの半分の50パイサ(1.6円)も渡せば、まず満足してもらえます。

 そして、私は出会う彼らすべてにその50パイサをあげたわけでは、ありませんでした。

 その日、私はボンベイの街の海沿いにあるインド門のあたりで、その少年に出会いました。

ボロボロの身なりの少年は両足が悪く、萎えた足をひきずって這い回るその姿は、映画『エイリアン』で観たシーンにも似て戦慄を感じさせます。

 彼は私の前まで這ってくると悲しそうな表情を浮かべ、その細い右手を何度も自分の口にもってゆく仕草を見せ、何事かムニャムニャと私にささやくように語りかけてきました。

 食べるものがなくて困っているんだ、バクシーシをもらえないだろうか

とでも口上を述べていたのだと思います。

 私は昨日や今日インドに到着した訳ではありませんでしたので、そんな姿の乞食のヒトですら既に何度も見かけていましたし、あまりにも難しいので自分と乞食のヒトとの間の金銭問題については思考を放棄しており、その時の気分でバクシーシをしたりしなかったりする事にしていました。

 そして、その時はバクシーシをしたい気分だったらしく、少年に50パイサを渡しました。

 すると少年はお金を受け取って明るい笑顔を見せ、何事かを私にしゃべりかけた後、また他の通行人の前へとゴソゴソと這いずっていったのでした。

 ・・・文章にするとこれだけの事です。 やっぱり。

 私がインドの何かを受け入れ、インドを好きになったのは、確かにあの時です。

 悲惨な姿の少年ではありました。

けれども、お金を受け取った少年が、私に向かって ニッコリ とも ニヤリ とも違う素敵な笑顔を見せて何事かを語りかけたあの瞬間、まるで爽やかな風が吹いたようなあの瞬間に、私はそこにある何かに言いようもなく心を動かされたのです。


 感動したのです。


 うーん、 何て書き表せばいいのかなあ・・・。




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 インド門。

 植民地へとやって来た当時の英国王を迎えるために建てられた門なのだそうです。

 馬にまたがって門を睨みつけているのは、イスラム勢力がインドに侵入してきた時にこれを撃退したインドの英雄か誰かの銅像だったと思いますが、なんとも皮肉な配置です。