#34 中国トイレ事情 | かふぇ・あんちょび

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このカフェ、未だ現世には存在しません。

現在自家焙煎珈琲工房(ただの家の納屋ですけど…)を営む元バックパッカーが、

その実現化に向け、愛するネコの想い出と共に奔走中です。

 やはりこの話題を避けて通る訳にはいくまい。
早くから西洋化の洗礼を受けていた上海の宿などではまともなトイレが多かったのだが、旅が進むにつれ、数々の中国式トイレとの出会いがあったのである。

 この国における排泄の行為とは、他人の目を避け独り静かに行うものではなかった。

 都市部では水洗化がかなり進んでいるようではあった。
それはいい。
 しかしトイレにとってもっとも基本的で常識だと思い込んでいた、間仕切りや扉というものがないのが中国式である。
あるいは、扉はあってもそれを閉じておく掛け金がないことが多かった。
 話には聞いていたし、うんこをしない訳にはいかないので自分でも驚くべき早さで順応もしたのだが、やはり最初に実情を目にした時にはかなりのカルチャーショックを受けた。

 中国度 中 といった感じのトイレには、長い溝が掘ってあり、間仕切りはあるが扉がない。
そして一定の間隔で溝に勢いよく水が流れ、それまでにストックされたものを押し流すしくみである。
これは一応コトの最中に他人と顔をあわせないで済むが、空きスペースを探す人々はしゃがんでいる僕の姿を横からのぞいてゆく。
扉がある場合でも、これを閉めておくと場所をさがす人が開けてしまいお互いにかなりバツが悪いので、僕はそのうち開けっ放しで用を足すようになった。
そして水が流れるときには上流のモノが全て僕の直下を流れてゆくのである。

 中国度 大 のトイレは、汲み取り式で、高床の床面にぽっかり穴が開いているだけの仕組み。
人々は並んでこの穴をまたぎ用を足す。
この場合男たちは臭いを少しでも誤魔化すためにタバコをくわえ、横の戦友と親しげに声を交わすのが常であった。

 公衆トイレの多くは有料で、入り口にはおばさんが机を置いて料金を徴収していた。
この時ガサガサのワラ半紙のようなちり紙を渡してもらえる。
これに備えて、僕は常に小銭を切らさないよういつも細心の注意を払っていた。

 まあ、慣れてしまえばなんのことはないのだが。

 しかし考えてみると、僕は今や人前でうんこができる訳である。