#26 さらば上海 | かふぇ・あんちょび

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このカフェ、未だ現世には存在しません。

現在自家焙煎珈琲工房(ただの家の納屋ですけど…)を営む元バックパッカーが、

その実現化に向け、愛するネコの想い出と共に奔走中です。

 上海の公安外事課においてビザの滞在期限を30日延長し、いよいよ上海を離れる事にする。
季節は6月も末となり、夏の兆しが訪れようとしていた。
旅の始めのひと月を、短期間の周辺都市への小旅行を除けばほとんどこの上海で過ごしたわけである。

 新時代の中国のシンボルのような、急速に膨張する大都市での日々は、九州の地方都市に生まれ東京も大阪もほとんど経験していない僕にとって、刺激的でめくるめく体験の連続であった。
 現在でも、「都会」という言葉から僕が連想するのは東京でも大阪でもなく、泥水の流れる黄浦江沿いに並ぶ20世紀初頭の西欧列強の租界のビル群であり、不恰好で巨大なテレビ塔であり、その間にひしめくエネルギッシュな人の群れであり、それらすべてが織りなす混沌とした街、上海である。

 絵本の朗読に毎晩のように付き合ってくれた太陽門酒家のおやじさん、アジアで成り上がる野望を秘めたレイモンド、何も分からぬまま異境の地まで花嫁を迎えに来たハインツ、異国の友人のそれぞれに別れを告げ、上海最後の夜は更けていった。

 僕が上海を離れるほんの少し前に大部屋の住人に加わったのは、日本に留学していたフリードリヒというドイツ人であった。
ハインツはようやくまともな会話のできる相手にめぐり合った訳である。

 彼は流暢な日本語で、出発する僕にこう語った。

 「ボクの思う典型的なニホンジンというのは、決してトラブルを起こそうとしない人間なんだけど、キミはどうもかなり違って見えるね。
キミのような、楽天的でココロに壁のようなものを持たないタイプは、感情の起伏も激しいだろうし、いろんな不要な厄介ごとに巻き込まれるだろうけど、それはいずれにしてもキミにとっていい経験になるはずだよ。」

 大学の部活で使っていたという剣道の防具入れを無理やり旅行かばんに使い、竹刀をかついだ姿で、ユーラシアを陸路で横断してドイツに帰るという彼もまた、典型的ドイツ人とは程遠い事は間違いない。