日本の街角では、和服姿の女性を見かけることはほとんどないといってよいのではないだろうか。
では、中国の街角でも、チャイナドレスにはお目にかかれないのだろうか?
僕の印象では、中国でも比較的ひらけている江南地方における大都市では、日本での着物美人生存率よりもはるかに高い確率で彼女たちの姿を目にすることができたと思う。
もちろん普段着としてあのセクシーな姿をしている訳ではなかったが、ちょっと小洒落たレストランの入り口などに、男ゴコロをくすぐる姿を見かけることが結構あった。
彼女たちは、ウエイトレスという訳ではないようだった。
看板娘としてドアマンのような役目をしているようであるが、恐れ多くて中に入ったことがないので詳細は不明である。
その日僕が夕食の場所に選んだのは、でっかいけども地味な感じの店であった。
ガイドブックにやたら杭州料理杭州料理と書いてあるので、代表料理だという西湖醋魚というやつを食べてみたかったのである。
その店の雰囲気は、明らかに僕がいままで経験したそれと違っていた。
もちろんチャイナドレスの姿はないが、それどころか、僕に食事をさせて幾ばくかの金銭を受け取ろうという食堂の基本的姿勢とでも言うべきものが感じられないのである。
いらっしゃい も、注文は? もない。
そして食事をしているお客の姿もない。
ははあ、これがいわゆる社会主義的食堂というやつなのであろう。
入口に突っ立っていても仕方ないので、フロアの一角にある銭湯の番台のような場所の無愛想なオバサンに声をかけてみる。
どうやらここで食券を買って厨房の小窓まで持ってゆき、料理を作ってもらうみたいだ。
オバサンが無言のまま人差し指でトントンと指差す番台の上のメニューには、一応目的の西湖醋魚は載っていた。
西湖醋魚と、めし。
と注文すると、オバサンは初めて おや? とでもいうような表情を浮かべた。
西湖醋魚は25元(275円)もするし、量が多いけど、いいの?
ようやく人間同士のコミュニケーションが始まった。
いい。名物料理らしいから、食べてみたい。
とお金を払うと、オバサンはお釣りと食券を番台に放り投げるようにして渡した。
これを厨房の小窓に持っていき、コックの兄ちゃんとまったく同じようなやり取りをして、ようやくオーダー完了。
やってきたのは、でかい鯉(?)を一匹まるごと素揚げして甘酢で煮たような料理で、絶品の美味さであった。
しかし、40~50cmはあろうかという川魚、ひとりで完食できる量ではない。
がらがらの店内の隅のテーブルで、従業員達が楽しそうに質素なまかないを食べ始めたので、ちょっと食べきれないから応援してよ と頼む。
オバサンもコックの兄ちゃんもウエイトレスも、初めてたったひとりの客ににこやかに笑顔を見せながら、
アハハ! そうだと思ったよ。
でも、杭州名物西湖醋魚、美味いだろう!
と言って僕を食卓の輪に加えてくれた。