#9 浦江飯店 | かふぇ・あんちょび

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このカフェ、未だ現世には存在しません。

現在自家焙煎珈琲工房(ただの家の納屋ですけど…)を営む元バックパッカーが、

その実現化に向け、愛するネコの想い出と共に奔走中です。

 まずは滞在先である浦江飯店のドミトリーについて記そう。
僕のベッドのあった部屋は、5階の9人部屋であった。
部屋の窓からは、外灘と呼ばれる租界時代のヨーロッパ列強諸国の領事館と、川沿いの黄浦公園が望め、なかなかの景色であった。
このホテルの建物自体も、確か往年のロシア領事館かなにかだったはずだ。
 ドミトリー1ベッド50元(550~600円)というこのホテルの料金は、上海では底値であるものの、中国の宿泊料金としてはかなり高いのだと、既に各地を回ってきた旅行者達は言っていた。
 そのためか、この部屋に長期滞在するバックパッカーは少なく、皆鉄道や飛行機、船の切符が取れると、すぐに別の街へと移動していった。
この上海という街が、中国の出入口としての役割を果たしている為でもあろう。
 そんな中、数々の興味深い旅人たちと知り合いになり、部屋でベッドに横になりながら、或いは近くの市場の屋台で食事を取りながら、実に様々な事を語り合った。
彼らのすべてが僕の旅の先輩であり、部屋の共通語である英会話の練習対象である。
初日に楽勝だと思えた会話は、すぐにゆきづまりをみせ、毎晩頭痛が起きるほどであった。
買い物や自己紹介程度の英語力では、毎夜繰り広げられる旅人同士の情報交換や、白熱する人生論議、与太話などにとてもついていけないのである。
知恵熱とはこの事か、と、当時の日記に記してある。
ここで必死で参加しつづけた英会話実践レッスンは、のちのち大いに役にたった。
 そんな中、僕の最初の外国人の友人となったのは、隣のベッドに長期滞在していた、レイモンド・リーという中国系フランス人であった。
 その後現在に至る親交を結ぶ彼については、次の一章を割いて記してみよう。