当時日本と中国を結ぶ航路には、横浜・神戸―上海、神戸―天津、長崎―上海 があった。
九州人の僕は当然のごとく長崎からの船を選んだ。
交通手段が航空機に代わった現在でも、いにしえより続く大陸航路は健在であり、出稼ぎの中国人や、大きな荷物を抱えた運び屋たちでごったがえす埠頭から船に乗り込み、冒険の旅は華々しく幕を開ける――。というのが思い描くスタートであった。
ところがフタを開けると実際には乗船口は閑散としており、船旅を共にする乗客は数えるほどであった。
日本人、中国人合わせて30人もいたであろうか。
(その後の一泊の短い船旅の間に、僕はそのほとんどの人と言葉を交わすことになる。)
まあとにかく、なにもかもが初めての経験である。
にぎやかであろうがなかろうが、旅の始まりにいやがおうでも胸は高鳴る。
そして出国審査。
いかにもお役人的無愛想な係員は、満面の笑みを浮かべる僕の顔をちらりと確認し、真新しいパスポートの適当なページを開くと、真ん中に、しかも逆さまに、日本出国のスタンプを押すのであった。