夜中のテンションで書こうと思う。
自分は今まで、過去に執着していたと思う。
ソロギターの記念すべき第一作目のテーマにもした、司法試験落ちのこと。
同級生は6割〜7割が受かって今は弁護士とか検察官。裁判官までいる。
司法試験に見切りつけた友達もいるけど、
企業の法務部や国家公務員になっている人も多い。
かたや自分はただのパート主婦。
何やってるんだろって、ずっと劣等感というか恥ずかしい気持ちがありました。
でも曲が出来たら吹っ切れた気がします。
落ちた事実や自分が敗者であることには変わらないけど、
恥ずかしい気持ちは少し減りました。
そう思ったら、なぜか断捨離が始まり、
司法試験を受けていた時のものをほぼ全部捨てたよ。
何年もかけて分析した資料とか、当時愛用していた万年筆。
洋服も処分した。ストレスで体重が40キロ以下しかなく、あの頃の服は全部細くて今は着れないしw
恥ずかしい自分の気持ちとは裏腹に、なぜか過去に執着していた。
捨てることは、人生で一番頑張っていた自分を否定することになるような気がしていたのかなぁ。
捨てる時に思い出の品を見るのが怖かったというのもある。
司法試験の話は何年も前に終わった話なのに、
それに執着している自分が情けないし、
何も成長していない自分と対峙するのが怖かったのかもね。
あと、過去を捨てて作曲にハマる自分が怖かったのも事実。
プロになる気はないのに、
プロにでもなるのかっていうくらい、マニアックなことをはじめて。
また時間とお金をかけて、司法試験同様に何も物にならなかったらどうしようと思っていました。
でも一曲作る過程で、そんな気持ちはどうでも良くなりました。
たとえアマチュアであっても、
自分の創作物には全力を出したいから出すんだと理解しました。
良いものを作りたいからお金と時間をかける。
ただそれだけなんだと分かりました。
物になるとかならないとか、音楽と資格試験を同列に扱ってはいけないんだと思います。たぶん。
そうわかったら、
過去に病的に執着するレベルから、思い出くらいになれたのかもしれないです。
司法試験のことを思うと、
今までは、私の同級生は7割弱合格し成功者ですが、私は無能です。くらいのことは連想していたけど、
今なら、私はかつて司法試験を受けたことがあります。くらいの気持ちになれた気がする。
そして、心ゆくまで作曲に、音楽にハマる気持ちになりました。
今までは確かに勉強はしていたけど、自分でも一歩引いていた感がありました。
本当にこんなマニアックなことやるのか、みたいな。
やる必要あるのかなぁと疑問に思いつつ、課題だからやっていた。
今では、今の自分のままでは全然足りないって素直に思えます。
必要あるかないかではなくて、やりたいと思う。
勉強して知識も増やしたいし、ギターも上手くなりたい。時間が足りない。
まぁそんなこと言いつつ、お酒を飲む時間は減らさないですけどね笑。