6月27日(木)☁️ 14194歩、筋トレサボり

朝飯は自炊。ご飯。
昼飯も自炊。ご飯。
晩飯も自炊。冷やし中華。
買い物は西武で。後日記す。10時出勤、6時15分退勤。

朝は5時すぎに起きた。昨日は飲み会だったこともあり、寝たのが11時くらいだった。風呂に入り、ご飯を炊き、ご飯を食べたらもう7時である。ブログか散歩かと思ったが、外は案外涼しいので、散歩に出た。足羽山動物園まで歩いて帰ってきたら8時半。そこからベランダで新聞を読み、コーヒー、アイスもの楽しんだ。ちょっと早めに切り上げて9時10分すぎ。そこからやり残していたブログをちゃかちゃかと書いた。今日は無理だろうなと思っていたが、なんと間に合って終わったら9時50分。急いで会社に向かった。ちょっと遅刻はしたが、事なきを得て、10時から仕事。この時点でいつものルーティンを全部こなしているのが我ながらすごいと思った。

午前中は頑張って仕事をした。明日は株主総会があるので、その準備もやった。昼になり、いったん帰宅。ご飯を食べた。午後からまた仕事。昨日のお酒がちょっと残っていて、本調子ではなかったけど、夕方になるとだんだん調子が出てきた。

6時すぎに仕事を終えて、帰宅。途中で西武に寄って買い物も済ませた。今日は若干寝不足でもあったので、ご飯を食べ、シャワーを浴びて、さっさと寝た。ではコラムを。

■思考のハギレ(858) 退屈なほうが、なりたい自分になれる

「退屈のススメ」なんて言ったら、ちょっと波紋を呼ぶかもしれない。しかし、小生は人生は退屈なほうがいいように思う。本来自分が向かうべき方向へ向かえるのではないかと思うのだ。世の中には、「多動力」などと言って、興味のあることは何でも首を突っ込んでいけ、という教えもある。しかし、小生は、なるべく自分を「退屈」の状態にしておいたほういいような気がする。

「退屈」の反対が「多忙」だろう。自分のスケジュールが、1カ月先はもちろん、半年先、1年先までびっしりと埋まっているような状態。こういうのは、小生は好きではない。「忙しい」という字は、「りっしんべん」に「亡」と書く。誰かが言っていたが、「忙しい」とは、「心を亡くす」ことだとか。たしかにそれも一理あるような気がする。予定を入れるということは、他人と自分の心を合わせる必要がある。自然と、自分の心を失うことにもなる。

自分の心を向き合うには、「退屈」な状態が一番いい。自分を退屈な状態に追いやっておいて、無理矢理自分の心を向き合うのである。そして、自分はいったいどんな人間になりたいのか問うのである。そうすると、自分が今何をやるべきかが見えてくるだろう。あとは、その「なりたい自分」になるために、せっせと努力をするのみである。

人間は、ついつい目先の楽しみのために時間を費やしがちである。しかし、それよりも、もっと長期的な目線で、自分が「なりたい自分」に近づくために有益なことに時間を費やすべきだろう。それにはまず、一人静かに考えることが重要だ。つまり、退屈が必要条件になるのである。スケジュール帳というものは、埋める努力をするのではなく、空ける努力をしたほうがいい。