5月12日(日)⛅🍃☂️ 12676歩、筋トレサボり

朝飯は自炊。ご飯。
昼飯も自炊。ご飯。
晩飯も自炊。焼きそば。
買い物は紀伊国屋で本1冊。1650円。あと散髪5300円。今週の買い物は、水曜に西武で3535円。木曜にも西武で979円。土曜にスギで3487円、西武で2823円。合計は10824円。

朝は2時に起きた。風呂に入り、ご飯を炊き、ご飯を食べ、ブログはサボった。しばらくうとうとして、7時には起きる。2日連続で散歩をサボっているので、今日こそは歩かねば。足羽山動物園まで歩いて折り返した。雨は降っていなかったが、今にも降りそうな気配。風は強く吹いている。帰宅後、ベランダで新聞を読もうと試みたが、風が強くてまともに読めない。新聞の敵は風である。仕方なく部屋に戻って新聞の続きを読んだ。今日は散髪に行く日。午後3時の予約である。それまで予定がない。明日は健康診断である。

週末にやり残した仕事があったので、午前中会社に行って仕事を終わらせることにした。週明けは健康診断で午前中はつぶれるので、今日のうちにやってしまいたい決算のチェックをした。いつもより早い9時に会社に行き、パソコンを立ち上げ、4つくらいある伝票のチェックをした。会計ソフトは、誰かが使っていると他の人が見れないことが多いので、日曜にチェックしてしまえばいい。ひととおり終わったら10時半だった。パソコンを落として帰宅。帰宅途中に紀伊国屋に寄って本を1冊買ってしまった。仕事をしたからこんな日はプチぜいたくしてもいいだろう。佐久間宣行さんの「ずるい仕事術」という本を買った。

帰宅後、ご飯を作って食べた。食べたら、猛烈に眠くなった。3時までしばらく寝ようかとも思ったが、動画を見ていたら元気になってきたので、今度はベランダでさっき買った佐久間さんの本を読んでいた。風は相変わらず強いが、本を読むには新聞ほど難儀しない。2時半になったので、床屋に行った。

散髪が終わって帰宅。4時半になっていた。もうさすがにこのあとの約束がないので、寝てもいい。先にご飯を食べることにして、焼きそばを作って食べた。まだ5時前である。食べたらすぐ布団に入る。あんまりよろしくない生活習慣ではある。でも眠いので仕方がない。動画をいくつか見ているうちに寝てしまった。起きたら11時。ずいぶん寝た。ではコラムを。

■思考のハギレ(812) 苦しみたくなければ、阿呆になればいい

この世のことをシャバ(娑婆)と言う。これはインドの言葉サハーから来ているそうで、元々の意味は「苦しみの世界」ということらしい。すなわちシャバとは、苦しみがやってくる世界ということになる。作家の五木寛之さんは、このシャバのことを「思い通りにならない世界」と表現していた。我々人間は、何事も思い通りにしようと考える。しかし種々の理由でそれが叶わない。その結果苦しむことになるのである。

上がると思って買った株が下がる。あるいは、下がると思って売った株が上がる。そんな時は、「思い通りにいかないなぁ」と痛感するだろう。しかしそれは当たり前で、何事も思い通りになったら、誰も額に汗して働こうなどと思わない。毎日株取引だけやって生きていけばいいのである。しかしそうは問屋が卸さない。我々の利害や打算で動いたところで、常に裏目裏目と出るようにできているのが人生なのである。

だったらいっそのこと思いを「無」にして生きればいいのかもしれない。利害や打算で動くから裏目裏目で苦しむのである。なるべく利害や打算から遠ざかって生活すればいいのである。それこそ、ただの阿呆と言われるかもしれない。芥川龍之介は言っている。「我々人間の生活は『選ばれたる少数』を除いては、いつも暗澹としているはずである。『選ばれたる少数』とは、『阿呆と悪党と』の異名に過ぎない」と。

ことわざにもある。「愚か者に福あり」。愚か者ほど欲望や野心を抱かないので、平凡に暮らし、他人に恨まれたり憎まれたりせずに平穏無事な一生を送るという意味である。我々のシャバが「苦しみの世界」になるのは、欲望や野心を抱くからに他ならない。欲望、野心といった「思い」をなくしてしまえば、「思い通りに行かない」と苦しむこともなくなる。阿呆のススメであるが、言うほど簡単にできることではなさそうである。