俺達のプロレスオフィシャルブログ「ワールドプロレスリング実況アナの俺達のプロレス」Powered by Ameba -103ページ目

大阪から帰京中。 のがみ

大阪大会。


終わりました。



新たな新日本プロレスの始まり。



我々伝える側も、


改めて気合いを入れ直して頑張ろう、


と一致団結しました。



私自身はというと、




メインを実況する準備を、



全力で整えました。











が、結果的に、


実況することが出来ませんでした。




明日のモーニングショーの出演のため、どれだけ遅くとも朝6時には必ず出社しなければならず、終電で帰ることが、大阪で実況をする条件だったのです。



もし、試合時間が長引き、




メインを実況できない状況になれば、



メイン実況は、代役をたてる。




ということに、なっていました。




そして、


結局、



スタッフ間で定めた、


デッドタイムを5分ほど過ぎてしまい。


無念の帰京。


私は会場を飛び出し、


新日本プロレスワールドで、


メインの試合を見ました。





実況したのは、



三上アナです。




突然の重責にも関わらず、



三上アナは、



しっかりとやり遂げました。




本音で言えば、



心血注いで準備したこともあり、




私自身無念で仕方ありません。







ただ、



三上という後輩が、


私の想いをも、


しっかりと受けとってくれたように感じています。




私が帰ることが決定して、



メインが始まる直前に、


三上アナに、



私はメモを渡しました。




実況のポイント、
狙い、
これまでのデータ。



などを、まとめたものです。


そして、がっちり握手をして、



想いを託しました。







チャンスとは、




思いもよらない形で、



突然に訪れるものです。




私が初めてIWGP戦を実況した時もそうでした。






2012年7月。



当時、



吉野アナが五輪取材で不在。


古澤アナが実況するとばかり思っていたら、思いもよらない形で、急遽、古澤さんが部署異動となったのです。




今回の三上アナに関しても、





実況する可能性は五分五分くらいである、と伝えてありました。




資料も彼なりに作ってきていたようです。




しかし、




喋るか喋らないかわからない状況の中に身を置くことがどれだけ不安かは、同じ喋り手として十分に理解出来ます。


しかもそれがIWGP戦というのは、なおのことです。



IWGP戦を実況するということは、

ずっとずっと、

私にとっては極めて高いハードルでした。




今も、そう感じています。




いつも準備万端というわけにはいかない。




だからこそ、



日々プロレスを意識していることが、




最大の準備につながるのだと思います。




三上はきっと、



それをやっていました。





ワールドプロレスリングが、



チーム一丸となり、



プロレスに熱を注ぎ、



乗りきった大阪大会。




奇しくも訪れた、




三上アナ、



初めてのIWGP戦実況。




是非、ご期待下さい!!!!